コレを自分で言ったらジ・エンド


人生のなかで苦しんでもがいたり、
どうにもならないような状況に追い込まれ、
それを乗り越えると人はレベルが上がる。

だからといって
それを乗り越えたぐらいで、

「私は変わった」
「あの経験をしてから顔付きが変わった」
「雰囲気が変わった」

とか自分で言ってる人がいたとしたら
かなりイタい。

いや、サブい。
もはやサブちゃん。

それは周りからの評価であり、
結果論でしかない。

結果としてそうなったという、
周りからのフィードバックで気がつくもの。

まるで即効性のあるヤクブツのように
「あれやったから効いてきたわ」みたいに
自分で言いふらしてたら
ちとキモくないか。

こちらのブログでは何度も登場する言葉、
「陰徳」については過去にも説明した。

陰徳は日本特有の考え方ではあるが、
要は、陰で徳積みの実践をどれだけしたか?
率直にいえばこういう概念だ。

自分の辛い経験、
もがき苦しんだ時間、
人や社会への貢献、
弱者に対する思いやり、
慈悲深き無償の愛を振りまくなど、

こういうことは陰で実践し、
徳を積むことでその人特有の経験というか、
身になるものがある。

こういうのって言わなかったら
雰囲気として漂うからオーラになるんだよ。
隠せば隠すほど滲み出るからね。

これはその人を見た瞬間にわかるものだ。
結果としてそういうものが得られる。

なのにもかかわらず、

それを自ら唱えて歩き
「わたしって凄いよね?」
アピールするなんてのは青二才のやること。

ほんとに稚拙。

承認欲求をこじらせた社長や経営者、
フリーランスなんかによく見られる光景だ。

肩書きアピールする連中にやたらと多いが、

認められたい、
褒められたい、
有名になりたいとか、

こういうものは結果として得られるもの。

それを目的とし、
不特定多数にアピールすると
どうなるのか?

結果は言うまでもないよね。

キモいから人はどんどん離れていき、
その出してる周波数(エネルギー)に
見合った低い連中が集まる。

そこで「凄いですね!」
「カッコいいですね!」
「私もそうなりたいです!」

と言われたら一丁あがり。
裸の王様、ザ・キモいヤツのできあがりである。

これって自分じゃ気付かないし、
レベルの低い連中だけを周りに置くと
起きやすいんだよね。

少し不快でも自分よりレベルの高い人と
付き合うなり、縁を持たないと器が広がらない。

キャパの狭いまま勘違いして生きると
どうなるのか?

安っぽい自己啓発にハマって、
芸能人、有名人、インフルエンサーの
気持ち悪い格言に酔いしれ、
自分があたかも変わったかのような気になる。

それ、錯覚だから。

凄い人はたしかに凄いけど、
アンタはその格言を聞いたり広めても
何も凄くなれないんだよ。

ってか、凄くなんかならなくていい。

そんなもん勘違いヤローで
キモいヤツになるだけだそ。

凄いって、そもそもなんやねん。

ほんとに恥ずかしいことだよ、
自分で「凄いことをやってやった」
なんて言いふらすのはね。

愚の骨頂でしかない。

やっぱりな、自分に驕りがあるヤツは
心に隙ができる。

驕り(おごり)高ぶり、
自惚れ、傲慢。

心に隙ができると変なヤツが寄ってきて
トラブルに見舞われるんだよ。

この方程式を人生のどの段階で学ぶかって
結構大切なことだよ。

もちろん、
学校じゃ教えてもらえないからね。
笹崎武蔵

古神道や神社について、参拝した経験に基づき、マニアックな見解を述べていきます。神棚、しめ縄もすべて手作りで、神仏にまつわる体験やスピリチュアルな話もブログやYouTubeにて公開中。

実は本業「人生相談屋さん」です。(8年目)
今風にいうならコーチングをしています。

その他のこと。

ビジネス、起業コンサル、お金の稼ぎ方、生き方、遊び方なんかも得意分野でアドバイスしています。

健康に関することも仕事にしているので、ダイエット、痩せる方法、健康になる方法なども個別で教えてます。

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