笹崎武蔵

実はコーチ歴7年。無資格、無所属、無集客の三拍子理論を初めて打ち出したコーチングしないをコーチ。売れないコーチに売れる秘密も教えるコーチングアドバイザー。生き方、遊び方、稼ぎ方、この辺りが得意分野。

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誰「に」会うか?より、誰「が」会うか?

よく、人生では「出会いが大事だ」なんて聞くし、誰に会うか?が重要だとも聞く。それは自分もそう思う。ただ、今回はもう一歩、突っ込んだ話をしてみたい。何か新しいことを始めれば情報も必要になるし、それ相応のコネクションも必要になる。なので、自分から動くことが求められるしそれを叶えたいのなら主体性も求められる。ただ、闇雲に動いて「やった気になる」人も多いからそこは気を付けたいところだ。なにより、今後の人生で大きな展開になる可能性があるため、誰に会いに行くか?は大事だ。でも、もっと大事なのは、その誰に会いに行くか?の前に、「誰が」その人に会いに行くか?これが一番重要になる。実はこの時点で半分結果が出ていると言ってもいいぐらいだ。なぜなら、誰に会いに行くか?は皆さん考えればわかりそうなものだが、この「誰が」という部分は選べないというか盲点だったりするんだな。重要な話を聞きたいとき、実は相手から引き出す相応の能力が求められるし、誰が会いに行くか?という相手との相性もある。べつに人を差別したいわけではないが、こればっかりは実際にある話だから、誰に会うかよりも、誰が会うか?が、どうしても大事になってくる。人生ここ一番の決めるところでは、誰に会うかではなく、誰が会うか?ここを意識していきたいものだ。

辛いことがあったら心は折れてもいい

辛いことがあっても、心が折れないように強く生きましょう!みたいな考え方をよく聞く。わかるっちゃわかるけど、べつに心は折れてもいい。むしろ、心が折れることに対して自分を許容できるか?わかりやすく言えば、自分を許してやれるか?って、すごく大事なんじゃないかな。心が折れる自分を許して、ポキッと潔く折ってください(笑)「心は折ってはならぬ!」「根性で耐えるのじゃ!」「逆境こそ乗り越えろ!」これって、すげーわかるけど、なんかピントがズレてるよね。そういうことじゃなくて、もうそのレベルまで落ち込んじゃったら一回、素直に折れましょうよ。頑固さやプライドも捨てて、この際、思い切りへこむなり、気が済むまで泣いたらいい。感情は心のデトックスだから溜め過ぎると人格に歪みが出るしさ。心の膿は涙で洗い流し、心の傷は時間が癒やしてくれる。癒えるまでに時間はかかるけど、それを乗り越えてきた人はやっぱり腹が据わるから強くなる。そして傷がついた分だけその人の魅力になる。その違いは表情と、目の奥の深みに現れる。つまり、情緒が出る。そういう人はとても魅力的な人間になるし、人からも愛されるようになる。心が折れることを許容した人間は、自分を愛する覚悟が出来てるからね。だから人からも愛される。素直だからね。あなたは近い将来、そういう人間になるのかもしれないし、いまはそのための予行訓練だと思ってもう少しがんばってみよう。心が折れない人ってのは身体も力んでるから、ひょんなことで人生がダメになりやすい。でも、心がポキッと折れた人は経験済みだから、その後の人生ではそう簡単にやられなくなる。そして、あなたは間違いなく、後者の素質があるから自分に素直になりましょう。心にも筋肉と同じで恒常性が働くから、前のダメージに耐え得る以上に、復活する度に強くなる。だから安心せい。最近はメルマガ以外で、LINEの方でもこういう情報を出してるので困りごとがある人は気軽に声をかけてね。

成功を阻む被害者意識のマインド

これから新しいことをやるにあたって、その分野で成功を目論む人がいたとする。自分としてはうまくいきたいし、それなりの成果も上げて成功したい。という気持ちもわかる。ただ、口では何とでも言えるから、そういう人の行動を定点観測していると矛盾していることが多い。うまくいくかどうかは、やってみなければわからない話だ。なのに、やる前から「これをやると●●になるから」「これをやると●●さんに迷惑をかける」「これをやると●●さんの気持ちに…」みたいなことを言う人ってがほんとに多くて、え?ほんとはどうしたいの?やめたいの?やりたくないの?って場面によく出くわす。最初は成功したいとか、絶対にうまくいきたい!って言うのに、なぜか途中から被害者意識が出て、話が進むにつれて成功が怖くなるんだろう。成功回避だっけ?そんなような言葉があるよね。うまくいきそうになると、あえて自分で失敗する方を選択するみたいな。その状態だと、やっぱり受け身だし、被害者意識が出るから「●●さんに…」みたいな感じで関係ないのに、人のせいにする人いるもんね。本人は無意識なんだろうけどね。新しいことをやるときは怖いし、なんか成果が出ちゃったらどうしよう?ってうまくいくことを不安に思うのもわからなくはない。でも、成果を出したいんだよね。それなら自分なんか無視しろよって思う。そんなに自分なんかを大事にし過ぎず、荒削りで「えいっ!」って飛び込んでしまえば意外と大丈夫だしね。バンジージャンプも飛ぶ前が一番怖くて飛んだ後は恐怖心なくなるもんね。落ちるところを想像するから怖くなる、ならば一歩踏み出して飛び込むべし。その後、もし怖かったらそんときにギャーギャー騒いだらいいんだよ。そしたら誰かが駆けつけて助けてくれるかもしれないし、助けてくれないかもしれない。やらないかぎり、答えはわかりません。

「これをやりたいです!」というのはウソ

好きなことをやりたいとか、好きなことを仕事にしたい的なあれ流行ったじゃん、少し前に。わかるんだけど、それ言ってるあなたはほんとにやっていく覚悟あるの?って思ったんだよね。人間はさ、口では何とでも言えるわけで。でも実際に行動が伴ってなかったら、それって雰囲気に乗っかってるだけだからただ流されてるだけでしょ?フワッとした状態で、「これをしたくてカクカクシカジカ…」「こういうことに憧れてワクワク…」「私はセミリタイアして東京に家を…」みたいなこと言ってるヤツって全員消えたもんね、何もせずに。それ言ってるヤツで実現した人に会ったことないもんな。なんなら自分のが行動してるし、言ったことそれなりにやってきたからウソってのは雰囲気でわかるんだよ。「あー、思考停止で言ってんなぁ」って。だから、口で言ってる人にはたくさん出会うけど、それほんとにやりたいことなの?って思うんだよね。やりたいっていうわりには、プランは構築してないし、それが見えないなら見えないで凌駕する情熱はあるのか?って聞くとやっぱりフワフワしてんだよね。だから、新しいことにチャレンジする人は基本的には応援するし、協力もする。でもな、ウソをついてまでやるなってこと。そんなんじゃうまくいかないから。俺も自分にウソついて他人のゴールに乗っかって3年間ぐらい思考停止で結果出なかった時期あったけど…いま思えば不自然だったもんな。本音ベースで、やりたいこと、やりたくないことってあるじゃん。そこにウソついて意地張ってたら人生わけわかんなくなるよ。自分が本当はどうしたかったのか、胸に手を当てて考えてみてほしい。もし、条件がなかったら、本当は何がしたかったのか?を。

コーチングが人の外見にまで作用する理由

コーチングは目標達成における、ひとつのツールに過ぎない。でもじつは、コーチングを使って、何らかの事業で成功した人たちを見てきて思ったのは、これはやはり、外見にも大きく作用するのでは?と思った。コーチングというものはあくまでツール。それを通して自己実現をすることで、ゴール達成(未来こうなったらいいな)したときの自分を先取りして行く。そうすることで内面の変化はもちろん、未来側の自分に早送りでなっていく。その過程で見た目もなぜか激変していくし、見た目や雰囲気が変わったから成功するのか成功したから見た目や雰囲気が変わるのか。これについてはニワトリが先か、卵が先か、みたいな話になるので置いておくとしよう。特に女性における見た目の変貌っぷりは明らかで、人としての深みが滲み出るのとパッと見たときのオーラが全然違う。ひとことで言うなら魅力的な存在に見える。それがコーチングの影響なのかはわからないが、現状のままの自分で人生を歩んでもゴールは達成できない。それに気付いた人は、考え方や内面を変えるのに経験を積み、自分の人生に挑みに行く。おそらく、そのプロセスで手に入る副産物が見た目の変化ということにはなるが、これはゴール設定がやはり前提にある。最初に事業とも言ったけど、自分の趣味の領域でもなんでもいい。自分がこれだ!と思う分野でゴールを打ち立て、それに挑み、仮説→検証を繰り返し結果が出るまでやる。それで結果を出した人たちにこれまで何人も会ってきたけど、やはり一眼見て只者じゃないのがわかる。べつに「凄い人になれ」って言ってるわけじゃないよ。何かを目指すことで抵抗を受け、そして摩擦が起こることで自分の価値観を揺さぶられる。そこで磨かれることによって、人間的な魅力的が内側から出てくる。まぁ、これ自体を目標にするのはおかしな話だけども、自分なりのゴールを見つけて設定すればそのプロセスでおまけとして、見た目の変化も必ずセットで付いてくる。今回はそんな話をしたかった。多分、他のコーチでこの話をしてる人はいないし、ここに気付いてる人もいないだろう。ピンときたら、ゴール設定をし、人生を情緒溢れるものにしてみてはどうでしょうか。そのためにコーチを付けるのもおすすめです。

自己肯定感が低い人ほど自己承認欲求が強くなる

以前もブログで触れたテーマになるけど、今回も自己肯定感についてちょっと深掘りしてみたいと思う。まず、自己肯定感が「低い」 or 「高い」という話題がある。これは要するに、自分はまだ大丈夫だなという一つの安心感の指標なんだと思う。「大丈夫だな」っていうのは、このまま生きていってもオッケーよっていうことを他人でなく、自己で肯定できているかどうかという話になんだと思う。自己肯定感が高い人は、文字通り、自己で肯定しているから他人に認められたいとかそういった承認欲求は皆無だろう。自己肯定感が低い人は、自分の存在を肯定していないため外に承認欲求を求めるようになる。こういう人ってお金持ちブランディングしてる人に意外と多くて。例えば、Instagramのプロフィールに、私は著者であり、5つの会社の経営者で、投資家です。みたいなのがいたとする。(実際にいるんだけどね…笑)次にその人のUPしている写真と投稿文を見てみると何やら違和感を覚える。人のために社会貢献をしてるようなフリをして、「海外旅行しまくってる私ってスゴいでしょ!」ってなオーラが全身の毛穴から滲み出ているんだよね。で、他にはブランド品を買いまくった、美味しいものを食べた、ホテルに泊まった、まぁ、ありがちで鉄板な投稿が目立つ。こういう連中を俺は自己肯定感が低いと断言している。自分で自己の存在価値を見出せないため、人に認められるために必死こいて高級品や贅沢に散財する。その様子をUPして、いいね!を集めるのがどうやらその人の自己肯定感を維持することにつながっているらしい。いや、厳密には承認欲求が満たされるだけだから、それによって自己肯定感が高まることはないんだけどね。むしろ自己肯定感は低くなるからまた承認されるために同じことを繰り返す。まぁ、こんなのは全部虚像であり、「自分以外のモノ」でステイタスをアピールしているんだろうが中身が空っぽなのがバレるだけだ。その人らしさとか生き方って、金の使い方にモロに出るからね。あと、写真の映り方とか、表情や投稿の文章を読むと自己肯定感が低いかどうかはわかる。卑しさや、品の無さが出ていると「あ、この人もか」という気持ちになる。承認欲求の話と混同するようだけど、大事なことなのでこのまま続けよう。俺なんかは自己肯定感はもしかしたら低い部類に入るのかもしれない。いつも言うように、自分がダメでどうしようもないヤツって認めてるから。そう、「認めてる」ってことは、実は自己肯定感は低いんだけど、自己承認はそこでちゃんと出来ている。つまり、ダメな自分でしゃーないな、だからこそやるしかねーな、みたいな感じで肯定してるってことかな。だから、人から認められたい、褒められたい、礼を言われたい、有り難がられたい、感謝されたい、みたいなものは全然なかったりする。それより自分の家族に役立ったり、コーチングでお客さんに必要とされて、社会的な機能や役割を果たせているのならネット上や不特定多数に求めないというか。大事な人間関係やビジネスをする中で自己肯定感も自然となされるものだし、そこで承認欲求みたいなものは自然と満たされる。だからネット上やSNSで、不自然な投稿を見かけると嫌悪感を抱くかな。アンタには品格とかプライドはないのか?と。安い真似をする連中に限って、派手な遊びや派手な暮らしが好きでしょ?そういうのが滑稽というか、それこそパッチもんみたいなオーラが出てしまうんだよな。自分の手の届く範囲で人を大切にしたり、誰かの役に立ったり、まっとうな仕事を通して貢献してたらそういうのってなくなると思うんだよね。まぁ、個々の自己肯定感や自己承認欲求は自分で何とかするしかないから、がんばって。としか言いようがない(笑)社会の中で自分のポジションを獲得しつつ、そこで機能と役割を果たせば満たされるよ。ゴール設定をしてね。まぁ、そういうことに興味がある人は黒川帝国にお越しください。必要であればマンツーのコーチングセッションも用意してあるので。こちらの記事も参考にしてみてください。

ほったらかすと低くなるコンフォートゾーンの仕組み

たまにこんな人を見かけるんだけど、議論や受け答えがパッとできないらしい。要するに、返しの瞬発力とも言えるし、レスポンスの精度×スピードとも言える。それらが衰えてるというか、レスポンス能力を適切に使えず、求める結果を出せない人がいるようだ。恐らくその人たちの共通項はこんなところだろう。・これを言うと相手を傷付ける・こんなことを言ったら嫌われるかもこういった具合に、欲しい結果よりも、自分がどう思われるか?が、頭の中の重要性を占めているらしい。で、うまくいかなくなると、他人や外側に原因があると言う。受け答えがパッとしないのは自分に問題があるんだけど、素直じゃないから認められないんだ。やっぱり、素直さがない人って伸びないし、伸びにくい。素直さがあれば、本音も伝えられるし、それで相手との関係性がこじれることもない。仮にミスっても、すぐに自分の過ちを認めて訂正するなり謝罪ができる。素直な人は、柔軟だからすべてにおいて時間がかからないし頭で考えずに動けるから結果も出やすい。反対に、頑固な人はこだわりが強く、プライドも高い。素直に認められないってことは、過去の自分にこだわってるんだよ。過去の自分が大好きで、その自分を崩したくないからこだわりが強い。(だから昨日のブログでも自分が大好きなヤツはダメって書いた)だから素直さが失われて、本音を言えず、守ることに終始する。こういうのをコーチングでは、過去思考という。そのくせ、自分より低い人を見つけると、粗探しをしたり、揚げ足を取る。ダメ出しはできるけど、アドバイスはできないんだよ。なんでかって、自分のコンフォートゾーンを維持するためにそれより低そうな人をわざわざ見つけてマウンティングするってことは、低いところにポジショニングするってこと。そんなセルフイメージの低い状態の人が他人にアドバイスできるとは到底思えない。そもそも他人と謎の競争しちゃってるし。そうではなく、自分のゴールから見て、自分が低いところにいるのか、高いところにいるのか、客観的に判断してポジショニングをする。それが高いコンフォートゾーンにいる自分を維持するってこと。他人は関係ないから。人と比較して、素直じゃない自分を維持するために他人を蹴落とすのはナンセンス。それこそセルフイメージはだだ下がりで、コンフォートゾーンも低いところで維持される。ということが自分で見えないから、自分の非は認められないけど、他人の非が気になるんだよ。ゴールがないから、自分の人生をサボってるのか?こういう人は自分磨きをサボってるし、セルフコーチングのことも学ばないから実践もできない。人生は実践で学んだことがすべて。中途半端にコーチングの知識をかじるから「知った気」になり、調子に乗る。それこそダメ出しが必要だろう。自分はコーチングにおいてダメ出しは徹底的にするけど、その上でどうしたら改善&向上するかはセットで必ずアドバイスするようにしてる。ダメ出しだけだと、単なる否定だからね。ということで、ほったらかすとあなたのコンフォートゾーンはどんどん低くなる。対処するには、自分のゴールを見定めて、他人ではなく、自分の人生に集中する。その上で、人にダメ出しをするなら改善と向上するアドバイスをセットでしよう。それと過去思考をやめて、頑固さと安いプライドも捨てること。その上で素直になればまだまだ伸びまっせ。ということで、セルフコーチングをがんばって(楽しんで)やってみて。

人生がパッとしない理由

年中パッとしない人がいるよね。そういう人は人生もパッとしない。なぜ、パッとしないのか?それは、人生も人間関係も薄いからで、それ以外に理由はない。人生が薄くなるのは、人間関係が希薄だからだよ。なぜ、人間関係が希薄になるのか?受け身で「クレ」という姿勢になってマグロのようにすっ転がってるからだ。要するに、相手が動くのを待ち、欲することを相手がしてくれるだろうという心構えでいることが問題で、少し突っ込んだ人間関係を作ろうと思えば、嫌われるのが当たり前なんだよな。そりゃ色々起きるからね。そんなので残るのなんかせいぜい2〜3人程度。10人そういう仲間がいる人は幸せ。いろんな人を受け入れる前に、まず目の前の1人を大事にできるかだね。それができないのにいろんな人と連んでるから何もかも薄っぺらくなる。で、そういう付き合い方で人生のサイクルを高速で回していけば、当然たくさんの仲間はできるし、と同時に多くの人に嫌われる。あえて言わせてもらうなら、それが普通でしょ?って感じ。でも、そこで起きる摩擦が経験になるし、自分の中に価値としても残るから結果として、人間的な魅力が内側からも外側に滲み出る。そういうことが起きない人生は、薄い人間関係の中で「褒め合うだけ」の刺激足らずな毎日になる。だからむやみに大勢で群れたがるし、ゴキブリみたいに連むようになる。それが薄くなる原因だと知らずに。人それぞれ定義はあるだろうけど、人生は、人間関係の充実が幸福につながるのは間違いないと思う。それと逆のことをしている人は、目の前の一人を大切に出来ず、傷付けるから、嫌われたりするんだよ。好かれろって意味じゃないよ、大切にしたらそりゃ好かれるのが当たり前でしょって感覚の話。相手を大事にしたら、相手もこちらのことを大事にしたくなるのは心理的に当然起きてくるからね。それをわからずに、「あの人とは全然濃い関係にならない」とか、寝ボケたことをほざいてるからあちこちで嫌われるんだよ。いや、アンタが人を大事にしないから関係が濃くならないんだろってね。で、また大勢の輪に入ってって、「わーん、また嫌われた〜」って、おバカさんもいいところ。

バレンタインデーが気持ち悪い理由

さて、この時期になると毎年このテーマにまつわることをブログで書いてる気がするな(笑)皆さんはバレンタインデーについてどう思ってらっしゃるや。今回はちょっと角度を変えて話してみる。まず、バレンタインデーで男性諸君が「誰でもいいからチョコレートをくれ!」って街中で叫んでたとする。仮に、それで道行く人から何個かチョコレートをもらったとする。これって行為そのものが気持ち悪いよね。まぁ、モテない男子からすれば嬉しいのかもしれんが、俺はそうは思わない。というのも、面識のない女性100人からチョコレートをもらうのと、仲良くて信頼する大好きな女性1人から本気のチョコレートをもらうのでは、どちらが嬉しいか?というのが今回のメインテーマだ。自分はもちろん後者だし、現に昨日大好きな1人の女性から気持ちとしてチョコレートを頂いたのでこんなに嬉しいことはない。で、Twitterでフォロワーがなんちゃら増やしたいだの、集めたいだの、〇〇〇人突破記念!!!とかたまにやってるおバカさんいるよね。あれをまずやめろっつーの。バレンタインデーと何の関係があるの?って思うかもしれない。が、今回の話でいくと、もれなく前者と同じマインドなんだよね。道行く知らない女性100人からチョコレートもらうのと、大好きな1人、もしくは信頼できるほんの数名からチョコレートをもらうのではやはり深みが違う。そこには関係性もあるし、築いた歴史や思い出があるからね。時間軸のあるものは自分の中で価値として残るし、いわゆるホンモノだと思う。翻って、Twitterであなた方がやってる行為は「誰でもいいから来てくれ!!」って叫んでる、モテない男性と同じなんだよな。人生がパッとしない理由は、人間関係が希薄でパッとしないから。バレンタインデーが気持ち悪いというより、気持ち悪い動きをしてる男性諸君がみみっちいなと思ったから今回はこのテーマでブログを書いてみた。それでもまだあなたは、フォロワーを増やしたい!集めたい!と叫ぶのか。

相手の「スピード感から読み解く」メンタルの話

人間観察って面白くて。まぁ、例えば、オフラインの対面でならその人の状態や状況から心理分析ができるよね。仕草とか、身体の使い方や癖から心境って大体わかるじゃん。あとはもちろん、言葉からもね。でも、オンラインであってもある程度の関係性が築けてる相手なら、面と向かって対峙してなくともわかるというのが、今回の話だ。これは「相手のことを読めるオレ凄いっしょ」みたいな頭が沸いてる類いの話じゃない。要するに、その人の動く速さでメンタル状況ってわかってしまうよねってこと。例えば、ビジネスをやっててすべきことがあるのに時間をかけてしまう人の場合、それは「丁寧さ」ではなく、単に自分が「失敗したくない」という心の現れだったりする。なぜなら、時間をかける=丁寧とは限らない。それどころか、幸せにしたい相手がいたり、大事なお客さんを導く立場であれば、「じっくり」ではなく、「丁寧」かつ、「迅速に」が求められる。「丁寧」+「迅速に」が求められる理由は、時間は有限であり、時間そのものが生命であるとわかっていたら、あまり時間をかけたり待たせるのはどうかなって思うからだ。相手の体や生命を大事に思うのなら、いかに素早く、大切なものを届けられるか?が大事になってくる。そうなると、自分が失敗したらとか、「こう思われたら恥ずかしい」という低次元な考えは浮かばなくなる。それが思いやりだとしたら尚更ね。だとしたらやはり、ゴールから逆算して、「いまこのぐらいのことはやっておかないとおかしいでしょ!」っていう違和感をエネルギーに変換しつつ全力で動くと良いよね。ゴールにいる自分が、現在の自分を見た時に、「え、まだそこにいるの?」っていう違和感があるなら、迅速に解消すべし。というか、現状に不満があって違和感があるのが大正解。その不満や違和感をエネルギーに変換して徹底的にやる。これを毎日毎分心掛けるとスピードは自ずと上がる。なので、その人のスピード感を見ると、大体の心境がわかりまっせっていう話。遅い人は自己中か(失敗したくない)、ただ病んでるから何もしないかのどちらか。まぁ、これだけだとキツいので、ガンバレ!とだけ、言っておきます。自分の人生は自分でやるしかないからね。こちらの記事も参考にどうぞ。