笹崎武蔵

実はコーチ歴7年。無資格、無所属、無集客の三拍子理論を初めて打ち出したコーチングしないをコーチ。売れないコーチに売れる秘密も教えるコーチングアドバイザー。生き方、遊び方、稼ぎ方、この辺りが得意分野。

記事一覧(531)

拗ねてる人間のチューニング

チン毛みたいな頭

そうそう、今日は、ってか今日も?自転車で遠出した。片道30〜50kmぐらいならマウンテンバイクやクロスバイクでどこでも行くおじさんです。今日は伊勢角屋(麦酒屋さん)のある二見までマウンテンバイクではらばるトレーニングがてら自転車で行って参った。夫婦岩で有名な二見興玉神社まで。帰りに水分補給したくて、運動中は糖質が欲しいのでジュースを買いにファミマへ。帰りは夕方だったから仕事帰りや現場帰りの職人が多く、軽トラに乗ったチン毛頭が降りてきてものすごくこちらを見てきた。まぁ、わかる。どこに行ってもよく見られるし、自分的には目立たないように抑えてるけどなんか見られるんだよな…。現場帰りのチン毛頭が、車から降りてくるとこちら見ている。え、ホモ?ちょっと気持ち悪い。買い物を済ませてると、またこちらを見ている。俺は目を合わせたくないのでジュースを飲みながら山を見ている。チン毛頭はこちらを見ている。チン毛っていうか、もはやタワシ。あのさ、20台後半の青二才だか、30過ぎた間抜けヅラのアホか知らないけどいい歳してな、喧嘩とか吹っかけようとするのやめなよ?恥ずかしいよ、かなり。多分、これだって俺が目を合わせたら揉め事になるんだろ?で、やり合ったら警察沙汰。目に見えてるもんね。こちらとて、人生が長いわけじゃないからチン毛やタワシに一々合わせてられない。そんなにストレス溜まって殴り合いしたきゃリングの上に行ってプロとやり合え。ほんとに30過ぎてもこういう間抜けいるよね。俺、同じ空間でこういう連中と呼吸したくないの。もう、関わりたくないし、そういう人とは一切縁がない。単純に気持ち悪いし、ちぢれたチン毛みたいなチリついた頭出して人に絡むとかやめなよ。お祓い受けたほうがいいよ。多分さ、貧乏神、疫病神、浮遊霊、地縛霊、なんかに取り憑かれてるんだよ。だから行動が無意識に気持ち悪くなる。職人さんは嫌いじゃないけど、こういうちぢれ毛のチン毛頭が大嫌い。俺の人生の登場人物で勝手に出てこないでくれる?こっちも出演者は選ぶから。いい歳して粋がって不良っ気の抜けないバカとは関わりたくない。面倒なんだよ、すぐに揉め事を起こすだろ?だから人生がパッとしないんだよ。やってることが気持ち悪いんだよ。一般人に関わるなよ、疫病神め。

自分との約束は守れてるか

自分との約束を守れない人って自分を信じられなくなって、軸がブレ始めて拠り所を求める。それを悪いことだとは思わんが、自爆したのに助けを求めるのか。と思ってしまう。大体が人の言うことを聞かずに暴走し、事故ったら「怪我しちゃいました」って…うちは駆け込み寺じゃないんだから。なんか、多いんだよな、こういう人。まぁ、自分がそういう人やどうしようもない連中を放っておけないタチだから呼んでしまうのかもしれないが。アンタは自分との約束を守ってるかい?結局、人と約束したことを守れない人は自分との約束を破ってることになるんだよな。相手はなんとも思ってないだろうが自分で自分の信用を失う行いをし、チャラチャラして、フラフラして…人とつるんで取り繕って生きてるヤツは自分にも他人にも平気でウソをつくからね。ツラ見たら大体わかるんだよ。こんな社会だから、こんなご時世だから、病む人が多いのはわかる。だからこそ一人で立って歩け、と思う。人様の、世間の、子どもの、手本になるような生き方しないと。みっともないぞ。いい大人がな、いい歳こいてチャラチャラするな。俺、そういうフラフラしてるヤツ嫌いなんだよ。できない理由も聞きたくないし、できる理由をとっとと探せよ。ってね。お金が…時間が…環境が…仕事が…子供が…体調が…聞きたくねーな、ほんとに。それ全部自分のせいだからな。準備不足でしかない。人や周りのせいにしてるうちはアマチュアだよ。三流以下。

同じところを行ったり来たり

生きていると、時々、不思議な生物に遭遇する。それは「同じところを行ったり来たり」している人だ。物理的にそうしているという意味でなく、少し成長して前に進んだと思ったら自ら不幸を招いて元に戻るみたいな。戻るというか、前より酷くなって劣化してるように見えるんだけどね。それが今回のタイトルになっている「同じところを行ったり来たり」という言葉の本質的な意味だ。なぜ、前に進んでもまた元に戻るのか。進みかけたところでおそらく、こんなことを口から漏らしているからだろう。【五戒】不平不満愚痴泣き言悪口文句これを第三者や相手に漏らしてしまうのは気の弱さからくる甘えだろう。甘えは己を律する心がゆるんで人任せになったときに出る。「この人になら言っても許される」という甘え。天に向かって吐いた唾が自分に降りかかってきただけなのに、人や何かのせいにする人は、、、驕り高ぶり、自惚れ、傲慢。この烙印が消えない限り同じところを行ったり来たりするハメになる。本人は望んでないのだろうが潜在的に(無意識に)やっちゃってるからその不幸癖早く拭わないと大切な人から縁を切られるぞ。という話。どうすれば良いか。先ほど言ったように、驕り高ぶり、自惚れ、傲慢を直す。そして五戒を口にしない、人に言わない、心に出てきたら飲み込んで打ち消すべし。あとは、解釈とかモノの見方の問題だから甘えてないで修行しろ。ってことだよね。自分がやれてないのにうまくいかなくなったとき、人や環境、何かのせいにするのは甘えでしかない。人がなんのために生まれてきたのか?って考えたときに「人を喜ばせるため」って即答できないと…。人を喜ばせることが、相手の幸せにつながり=自分も幸せを感じる。いつも言うように、人から喜ばれる存在になることにゼロヒャクで振り切ったほうがいい。人から喜ばれる存在=頼まれごとがくる。頼みごとをしやすい=頼られる存在その周辺に自分の使命が眠ってるから五戒を口から出さないように気を付けよう。

日本人が神の子である証拠

あまり小難しい話はしたくないが、なるべくわかりやすくまとめてみる。そもそも人類の起源は20万年前に地球上に誕生し、その起源はアフリカだと考えられているよね。※詳しく知りたい方は「ユヴァル・ノア・ハラリ著:サピエンス全史上下」を読んでねそこから少しずつ進化して今の我々になったという説がある。他には、神がすべてを創造したという「創造論」、人類は猿から進化したという「進化論」、地球外生命体の介入があったとする「なんちゃらかんちゃら」笑諸説あるが人類発祥の地は日本だとする説もあるらしい。島国根性という言葉も有名たけど、そんな単純な話ではないよな。日本が世界で唯一原子爆弾を投下された国、極東の島国が金融や経済の一大拠点だったり、何か他の国とは違うものがある気がしてならない。そう思って生きてこられた方も多々いるはず。日本には独自の通貨や言語、食文化や宗教文化が根付き、他に類を見ない文化地域とないっていることからも、外国人の興味を惹いてるよね。今の日本は知らんよ(笑)つい、最近までの話ね。自分も幼きころから今のいままで、明確な根拠は言えないが「何か他の国の人たちとは違う気がする」というものを胸に抱いてきた。ただ、そこまで気にしていなかったが、西洋かぶれに違和感を持ち始めてからその想いというべきか、東洋思想のDNAが爆発した。日本人はどうやらYAP遺伝子(やっぷ)というものを持っているらしい。Y染色体による系統分析の結果、Y染色体は父系を通じてのみ継承される遺伝子なのだとか。世界中でも日本以外の地域では稀で、中東地域やチベットの一部に存在する程度。日本人のルーツについては諸説あるが、イスラエルを追われたユダヤ10支族の末裔が現在の日本を創ったとする説も広まっているが、それはないだろう。日本列島にはそれよりずっと前から先住民族が存在していたと言われてるし。まぁ、どれが本当なのかはわからないけど、自分が信じたいものを信じるのがいいだろう。ユーラシア大陸でいえば、日本はアジア人というカテゴリーに入るが、他の国とはやはり違う感じがするよね。あるお偉いさんの話によれば、「縄文時代、16000年前から3千年前まで、日本列島の北から南まで縄文土器を作っていた人たちがいて、その人たちのDNAが我々に伝わっている。それによって大陸の中国や東アジアの人たちと外見は似ているものの、DNAはかなり違う要素を持っている」らしい。つまり、他のアジア人と日本人はやはり別物ということなんだろう。先ほど話した日本人の持つYAP遺伝子は、男性に関しては先祖から次々に分かれてきて20グループに分けられ、日本人はDグループでアフリカに爆誕した人類と同じ古いタイプの方に属する。日本人の中でもアイヌ民族や沖縄にYAP遺伝子を持つ人が多く、アイヌ民族では88%にYAP+が見られる。これがいわゆる「縄文系」で、彫りの深い顔立ちが特徴となり、それ以外は「弥生系」になる。自分は母方の生まれが長崎県の五島列島となるため、祖先は色黒の彫り深系が多く、父方のルーツを遡ると新潟になるがこちらもなぜか異常に彫りが深い。だからなんだという話だが、おそらく自分には縄文系のDNAが流れている。髭とか眉毛の生え方でもわかるしね。まぁ毛深いのが物語ってるよね。なので、自分は弥生系の顔立ちとは逆だから、人の顔を見るとどちらかわかってしまうよ、という話。まぁ、これはどうでもいい情報だ。ただ、現在の日本を見てみると、彫りの深い縄文系の日本人より、弥生系のほうが圧倒的に多いのは、説明するまでもなくわかるだろう。つまり「日本人」と呼ばれる人たちは、この弥生系の人たちの印象が強いかも。だが、もともと日本列島に住んでいたのは縄文系の縄文人であり、YAP遺伝子を有する縄文人は、潔く土地を譲り、人種を根絶やしにするような思想は持たず、弥生系に土地を譲るように北へ北へ、山へ山へと移動していき、アイヌ民族になったと考えられている。一方で、弥生系の弥生人は管理、侵食、支配思想を持ち、人種を根絶やしにする思想も備えていたと考えられているらしい。我々は過去に戦争という大きな過ちを犯しているが、平穏に暮らしたいという思考は誰しもが抱いているはず。そう思うと弥生系と縄文系どちらの遺伝子も受け継いでるということが言えるだろう。また、YAP遺伝子を持つ民族は、虫の鳴き声を「きれいだ」と感じるらしい。というか、大半の日本人がそうだよね。これは侘び寂び(わびさび)の心に通ずる。欧米の人たちは、この虫の音を心が安らぐどころか騒音だと感じて音の認識すらできないそうだ。YAP遺伝子を持つ民族は、自分を投げ捨てて人に尽くすことができると言われ、これもまた日本人の大きな特徴の一つであると言える。みんながみんなそうではないが、自分はそちらのタイプだと思う。日本にはもともと侍や武士がいたよね、その精神性の高さは世界中からかなり高く評価されているし、これはわかるし、頷ける。だから精神世界とか目に見えない話は海外より、日本人の心に合っているなぁと最近は心底思うようになった。行き過ぎたスピリチャルは気持ち悪いが、こういうルーツを辿ってみると、直感、虫の知らせ、第六感、波長だの、オーラだのはなんとなくわかる。自分で言うのもあれだが、今より10代のころはすこーしだけ霊感があり、直感や感覚もかなり冴えていた。いまはそれの名残りで勘が冴えたり、直感が拓くというか、閃くこともたまにある。なので、こういう話は個人的には好きだし、興味のある分野だ。だからといって霊感商法にはまったく興味がわかないし、あれはどうでもいい。ちょっと長くなり過ぎるので全部は伝えきれないけど、日本人は忠誠を誓ったり、信念のために命をも投げ出すその姿勢は世界を見ても稀で「神の子」と呼ばれた所以であるとも言える。この武士道から来る精神性の高さが戦争ではアメリカから恐れられ、二度と歯向かってこないよう教育が西洋思想に染められてしまい、あなたも俺もみんな洗脳されたわけだ。東洋思想と西洋思想は真逆だからね。西洋は外へ外へ何かを求めるが、東洋は因果も含めて必ず内側へ向く。元々の日本人のルーツを辿ると、やはり東洋思想であり、なぜ「神の子」と呼ばれたのかがわかる気がする。おまけ。。。日本はもともと大和大国であり、そのヤマトはヘブライ語(イスラエル語)からきてる、「ヤハウェの民」が発祥だ。ヤハウェは絶対神、または唯一神とも呼ばれる神で、マトゥーは「民」を指す。ヤハウェの「ヤ」と「マトゥー」で「ヤマトゥー」、これが転じて「ヤマト」になったのだとか。間違っていなければ世界中で神様の名前がついてる国は唯一、日本国のみ。大和大国のほうが個人的にカッコいいなと思う。日本人が、日本生まれを誇りに思ってほしく、こういう話を今回書いてみました。少し誇りに思えるよね、この国に選ばれ、この地に生まれ、いまを生きることを。そしてこの信念のもと、夢も目標もゴールも一旦捨てて、がんばらず、努力せず、競わず、比べず、争わず生きていけば、必ずその人の使命に出会えるし、前回も伝えたように、人から何かを頼まれる存在になれば、人から喜ばれる存在になれる=それが人間の生きがいでは?と思った。そうなれば、あれもこれも勝手に叶うよ。という話。これからはそのことを広める活動を軸に、引き続き、目標設定や夢を追いかけないコーチングを広めていきます。俺はその第一人者になると決めました。

夢やゴールより大切なこと

自分も元々コーチングを独学でやり、そこからゴリゴリ何年間かやることで一応はメシが食えるレベルになった。(厳密には仕事をいただいたお陰様です)最初は食えてない時期があったけどね(笑)ビジネスは収入の柱を何本か分散させたほうがいいよ。と、話がズレたので本題へ。コーチングをやっているとどうしても夢だのゴールだの目標設定の話になる。自分も当初は突拍子もない夢を掲げてやってみたものの、こいつがさっぱりうまくいかない。そもそもそれはやりたいことでもないし、どこかの誰かの言ってるものを聞き齧って自分の夢と勘違いしたのだろうね。他にはこんなのもあるよね。人の役に立ちたい、目標を叶えるお手伝いをしたい、あるいは自分も夢を叶えたい、と。でもさここは、日本は島国、ガッツリ東洋思想なわけだ。その西洋的な思想からきた、目標を!夢を!ドリームを!夢を持とう!希望を持とう!いやぁ、うるせーよ、タコめ。んなもん、日本人に合うわけないじゃん。あのさ、日本人のDNAに根付いた心地良い考え方ってのがあると思うんだ。知ってるかい?西洋かぶれクン。この辺りも長らく狩猟民族だったと思うけど、途中からは農耕民族になったでしょ?=草食動物的な考えが(感覚の話ね)日本人には合うと思うんだよ。草食動物→農耕民族→東洋思想→日本人まぁ、この図式は俺が勝手に考えたんだけど日本人って目に見えないチカラだとか、直感だとか、繊細な心を持ち合わせてるからその辺が他の民族より強かったんじゃないかな?勘が冴えてるというか、虫の知らせって言葉もあるぐらいで。そういう思想の人間にさ、努力だの、目標だの、頑張れだの、合わないんじゃないかな?目標を持てば否応なしに他人との比較が始まる。それが不幸のはじまり、悲劇のはじまり。だって、日本の義務教育が既に洗脳教育で順位、比較、争い、競い合うみたいな…まるで戦争の思想を植え付けるような教育しかしてないよね。そりゃ夢や目標だとか、耳触りの良い言葉がウケるわけだ。しかも大衆にウケがいい。いいかい?日本人には合わないんだよ。西洋かぶれには合うのかもしれないが、東洋は受けが基本。受けってのは受け身って意味じゃないよ。自分から攻める、西洋的なスタイルじゃないってことよ。来たものを引き受けるスタイル。要するに、喜ばれる存在になるってこと。※こちらの記事を参考にしてね

だからお前はパッとしない

もっと上り詰めて人様の役に立てる器のある経営者やリーダーを見てて思うのは低いところで彷徨ってるなぁと。どうしようもない連中を相手にし、そこで手こずって突き抜けない。多分、相手にする連中を間違ってるんだよ。自分の正しさや正義を証明するのは結構。それやってスカッとするのは自分だろ?つるむ相手が自分の言いなりになるような人ばかりで足元を固めてしまうと、誰も自分に助言をくれなくなるよね。そうなるとチューニングがズレてることに気が付かなくなるんだよ。アンタが行くべきところはあるけど、自分がズレてると低い次元でボタンのかけ違いをしてしまう。これはあまりよろしくない。ここ最近思うのは、リーダーとか人の上に立つ人間に限ってコーチなど導いてくれる存在を付けていないということ。そういう会社や集まりで起きてるのは、下の人間にストレスや要らん重圧がかかり過ぎてるということ。要は、誰からもアドバイスや、客観的な意見をもらわずにやってる組織やチームは裸の王様が運営してるから末端にその皺寄せがいってるんだよ。本人がそれに気が付いてないのがヤバい。自分の未熟さ至らなさを社員のせいにしてる会社もあると聞く。酷いよな、テメーの器の小ささや、仕事ができないのを人のせいにするって。怒って人に押し付ける?あり得ないから。お前がやれよって話だわな。一人じゃ何もできないのに他人のせいにしまくってさ。いい大人が情けない。お前はやったのか?俺が現場にいたらそれぐらい言うかな。立場とか関係ないもんな。同じ人間に偉そうにされる筋合いはないね。あなたもそれぐらい言ってやれ。

「何をしたらいいのかわからない」という人へ

自分が何をしたらいいのかわからないという人、多いんじゃないかな。何を隠そう自分もその一人。ただ、それってもう答えが出てるんだよな。「何をしたらいいのかわからない」これって自分のことがよくわからないってのと同じことだと思うんだけど、自分のことなんか誰もがわからない。そしてわかることはないし、わからなくていい。じゃあ、何をわかればいいのか。それは自分が何のために生まれてきたのか=自分の使命がわかればいい。使命ってのは、わかりやすく言うと人を喜ばせること。人間が生まれてきた目的はこれしかないんじゃないかな?と、結論付けている。誰を喜ばせたらいいのか?今関わってる人、目の前にいる人、ご縁で出会った人を全力で喜ばせること。これだけやってれば人生って全部うまく回るんじゃないかな。もともと世の中にある仕事ってこれにあてはまるよね。どこかの誰かが必ず喜んで、あなたはその役に立っている。仕事→事に仕える(ことにつかえて)。働く→ハタをラクさせる。つまり、誰かをラクにさせつつ喜ばせたり、その人の面倒を勝手出る。それによって喜んでもらえればあなたは必要とされるわけだから喜ばれる存在になる、なれる。今回のタイトルの悩みってこれで解決できるはずなんだけど、そこまで辿り着けない人のためにもう一つだけ。何をしたら喜ばれるのかわからない、助けられそうな人がいない。これに関しては、自分をもっとさらけ出し、話しかけられやすい人間になる必要がある。要するに、コミニュケーション不足。周囲との関わりを増やし、自分が求められることをすればいい。なぜ求められないのか?それはコミニュケーション不足だから。もっと露出を増やして、人とコミニュケーションを取れば必ず「頼まれごと」がやってくる。それに応えていくだけでいい。最初は無料でもなんでもすべて引き受ける。それを何ヶ月かやってると3回に一回は有料での頼まれるごとがやってくる。それがあなたの仕事であり、使命、天命なのかもしれない。もし、頼まれごとがまったくこない。来たことがない。って人は相談に乗るので、直接連絡なり、DMください。

心が癒えるセラピー

「思い通りに」を消すと心が幸せになる今回は新しいサービスを考え、実際にモニターとして一人(知人)、実験的にカウンセリング&セラピーを受けてもらいました。もちろん、代金はしっかりいただいので有料でサービスを受けてもらいましたよ。本人曰く、「良かった」とのことでしたので、何がどう良かったのか?その理由もお伝えするのと同時に、いま、なぜあなたにこのサービスが必要なのか、さらっと概要を説明しますね。これまで、ぼくの方ではコーチングとしてセッションを受けてもらう方が大半でした。・夢や目標・ビジネス・仕事における人間関係・人生におけるやりがい・心や健康こういったカテゴリーを扱い、その中で目標や夢を持ってもらい、実際にそれを叶えるお手伝いをしてきました。中にはいくつか当初、書いてもらった目標や夢が数年経つと、「ありゃ、叶ってたわ」みたいな感じで実現する人もいました。ビジネスを始めて稼げるようになった人もいましたし、それぞれ何かしらの小さな夢や目標を叶えるクライアントをたくさん見てきました。中には、まったくうまくいかず、1ヶ月で諦めてしまう方、途中で挫折する方、やめてしまう方、そういう方も見てきました。ぼくはサポートする側で心、脳、言語、感情や感性などをどう使うか?を教えつつ、支える側なので、どうしても叶えられないものもあります。ぼくがどれだけやる気があっても結局は本人の人生ですから、やりたくない人を無理矢理動かすのはぼくの仕事ではありませんし、本望でもありません。コーチングなどの目標設定はどうしても、競う、比較する、努力する、頑張って思い通りにする!みたいな、西洋思想になるのでぼくも含む日本人には合わないなと、違和感を抱いておりました。日本に生まれて、日本語を使えるということは明らかに東洋思想が合うのだろうなと。そこには何かしら深い意味があるのではないかと思っています。その結果、何かをガムシャラに頑張る、努力する、目標を決める、とか要らないなと。それが趣味で、好きな人はいいんです。やめろって話ではないので引き続き楽しんでやってもらえたらなと。ここでの話はそうではなく、まず「人生は思い通りにならない」ということをわかった方がいいんだろうなと思いまして。(思い通りにならないという考えが実は思い通りにならない現実を引き寄せてるから、思い通りになってるんですけどね。その説明は本サービスにて具体的にします)思い通りにならないのが人生、あるがままに淡々と生きる。それで流れてきたものに対して自分を合わせていけば、お金、人間関係、健康、時間、精神面など、一切困らないのだろうなと結論が出ました。これまでコーチングサービスで提供していたものとは真逆のアプローチに近いですね。草食動物である日本人のDNAを思う存分に発揮し、あるがままに今を生きる。というやり方が合うんじゃないかと思いまして…。肉食動物の狩りをするような、目標や夢を狩りに行く、あるいは人を蹴落としてでも自分のポジションを奪い取る…明らかに西洋思想なので合うわけがないなと。話が長くなりましたが、今回のサービスはカウンセリングをしつつ、セラピーを受けてもらう。何をカウンセリングするのかと言えば、あなたの・思い込み・勘違い・刷り込みこういう信念を浄化し、脳のバグを治して最新の状態にアップデートさせようという試みです。人生が停滞気味でうまくいかない、金銭的な悩みがある、家族の悩みがある、恋人や夫婦関係を修復したい、職場関係のゴタゴタやいざこざ、ストレスによる健康状態悪化など、こういうものが実は、外的要因によって起きているのではなく、現象を捻じ曲げて受け取る自分側に問題があると気付けるかが大事で。これらに気付いて、自分を浄化させた心の軽い状態で生きていくと…何かを目指す必要がなくなるんです。心がクリアーで、頭が空っぽになって冴えた状態になると、直感が降りやすくなるんです。何かのメッセージを受け取りやすくなり、その状態で行動するとシンクロニシティ(意味ある偶然の一致)なんかが起きやすくなって、それに沿って生きていくことで、ある一定の方向に自分が導かれていることに気付くんです。ぼくや周りの人はそんなタイプが多いです。この考え方が浸透してる人たちは特に。すると、何かしら「やるハメになっちゃう」状態が訪れます。それこそが自然体であり、ありのままの自分で生きるという、本来の意味でございます。巷に溢れる、本やコンテンツの薄っぺらい「ありのままに生きよう」って話より、この商品ページの方が余程説得力あるでしょう。だって、別にこれを読んでるあなたを説得しようだなんて微塵も思っていませんからね。来てくれたらそりゃ、ぼくも嬉しいけど、別に来てくれなくても困らない。でも来てくれたら嬉しいな。と思いながら執筆しています。そうそう、それで、何かに導かれていくわけだから目の前に流れてきた、ヒト、モノ、コト、に自分を合わせるだけ。すべてを受け取る必要はなく、自分の感性に従い「これだ」というものだけをキャッチしていけば、あなたが行くべきところに自然と導かれる。これはスピリチュアル的な話ではなく、我々日本人には非常にしっくりくる、東洋思想に根付いた話で、目標設定が要らないって言ってる意味がここまで読んだ人なら少しは伝わったかな?とは思いますが。。。まぁ、あまりダラダラ話しても仕方ないので、そういう大前提のもと、いま抱えてる悩みや問題、解決したいことがある人は一度ご相談にきてはどうでしょうか。という提案でした。まずはトライアルセッションとして、お値段はしばらく据え置きでやらせてもらいます。【カウンセリング&セラピー】場所 / zoomか、対面で期間 / 単発(一回きり)時間 / 90分値段 / ¥15,000日時 / 応相談※要望があれば1~3ヶ月コースのサービスも作りますお申し込みはこちらから

独自性を意識しない方がいい理由

よくある話に、独自性を意識しましょう的なものがある。要するに、個性的であれと。でもこれっておかしいよなって思ったから少し突っ込んでみる。先日、とあるショップ(アパレル)がオープンするだの、しないだのの話を聞いた。何やら、そこのお店は若い夫婦が経営されるみたいで、ジャンルがオシャレ系ではないのにオシャレに見える的な話だ。ジャンルを書いてしまうと特定されかねないので伏せておく。その手のジャンルのアパレルでオシャレに見えるお店はたしかに少ない、いや、ほとんど見たことがない。だから、そのお店の狙いが当たれば売り上げも立つし、ファンができればリピーターも狙える。それを見かけた同業者が、何やら口からこう漏らした。「うちも独自性を出した方がいいな」聞き間違いもあるかもしれないが、ニュアンスとしてはこんな感じだった。ちょっと待ってもらいたい。独自性というものは、手段であって目的にはならない。結果として、独自性が出て個性的な雰囲気を醸し出している。つまり、これは結果論。これを目的にお店をオープンさせたらおかしくなる。売りたいものあって、届けたい人がいて、その人たちを喜ばせるためにそのお店を始めたのだろう。それを「独自性を出して目指せば」などと安易で短絡的な思考のもと、商売を始めたら必ず大火傷する。こんなことは一々説明しなくてもまともな人間ならわかるだろう。で、その隣の芝生は青く見える的な感じでそのお店の雰囲気をInstagramか何かで見かけたのだろう。「うちもああいうふうになりたい」これってお店に限らずだけど、個人とかでもあるよね?InstagramやSNSで他人に憧れ、個性、個性と連呼するヤツに限ってロクなのがいないもんな。それで人生がおかしくなってるんだもん、笑うよ。人は人であってそれを表現しているし、理由があろうがなかろうがそうなっている。それを見よう見まねでやっても性質が違ったり、目的も状況も違うわけだからうまくいくはずがない。それをお店や商売上でやればなおさらうまくいくはずがない。独自性、個性的、創造性、あるいは逆張りと呼ばれるものはその人が全身全霊で表現した結果としてそう評価されたものであり、決して、本人はそれを狙ったわけではない。むしろ、個性派だとか独自性を狙った連中は他人を見て、そこと比較しながら「うちも個性を」ってやるわけだからうまくいくはずがない。さっきも言ったように、結果としてそうなったものを目的にしたら順番もおかしいし、ものごとの道理として不自然極まりない。大体、そういう自然体からかけ離れた個性的とか独自性ってのはすぐに埋もれて一発屋さんで終わる。いや、一発屋さんにすらなれない。これが独自性の正体である。今回はお店や商売の話をしたが、経営戦略だけに限らず、音楽、美術、運動、文筆など、どのジャンルにも当てはまる話だろう。本質からズレたものは、大体いつも間違っている。結果に過ぎないものを目的にするな!という話でした。