笹崎武蔵

ライフコーチ。五感や直感といった、野生の「嗅覚」をベースにビジネスや理想の生き方をおしえている34歳。自分は直感型だなと思う人はブログを読んでみてください。

記事一覧(361)

「自分」は敵なのか?味方なのか?

よく、「人生で最大の敵は自分」なんて言ったりする。そりゃ、その通りだ。自分の心の持ちよう次第で現実はどのようにでもとらえることが出来るからね。先日、こんなことがあった。とある近しい人にちょいと仕事の提案があって依頼を出したんだな。そしたら「は!?」って思うような腹の立つ断られ方をして、内心では「今まで散々世話になっといてどの口が」とまで言葉が出かけたけど飲み込んだ。要は、そこで怒って相手を責めたり捲し(まく)立てても現実は良い方には転ばないよね。ってか、どっちかと言えば悪い方に展開するだろう(笑)これまでの経験上そんなことはわかってる、でも感情が先に立つからイライラするんだ。まぁ、一呼吸置いて、昔、恩人からもらった言葉を思い出した。目の前にいる人は自分に反応してるだけで、自分の内面を映し出した鏡みたいなもの。ということは「相手」=「自分」だから、相手を責める=自分を悪くするのと同じ。こんなことは冷静になればわかるのだが、無意識の反応で感情に任せると欲しい結果は得られなくなる。自分のブリーフをもとに積み上げたものが今の自分だから、その無意識に任せたらこれまでと同じ結果しか得られない。これまでとは違う結果が欲しいなら、これまでとは違う感情を選択しないと。イライラしたらその感情を継続するような現実がどんどんやってくるからね。そんなことは誰も望んじゃいない。大体、自分の人生に現れる人は、なんらかの意味があって目の前にいるわけ。で、目の前の人が何か反応してるのも何か意味があるわけだわな。それを無視したらダメってこと。その一つ一つのことを拾い上げて、自分の目指す先と擦り合わせをし、それに対して自分の反応が相応しいかどうか?これを選択する必要がある。だから感情に任せて何かを選択すると、自分の望む未来、結果は得られない。目の前にいる人はあなたに反応してるだけ。そこにいる意味、反応している意味、これらを拾い上げてそれが何を意味するのか?ここの意味付けと解釈で人生は成立してるのだから、何かあったら一呼吸おこう。そして、目の前の人は自分なんだよ。その自分を責めるのではなく、大切にしてあげましょう。丁寧な対応が、芸術的で美しい人生をつくるのだから。なんちゃってね。

コーチングガチャ、何が出るか試してポン!

タイトルとは裏腹に期待を裏切るかもしれないが、真面目に書き始める。そもそもコーチングは他者評価ではなく自己評価が基準になる。まぁ、普段はあまり理論めいたことを言うのが好きではないけど今回はあえて説明してみる。まずゴール設定を最初にしたならば、次はゴールに対して自己能力の自己評価をひたすら上げるのみだ。コーチングでやる作業はこの二点のみである。ただし、そのための方法論の組み合わせは無限にあることだけは覚えておこう。巷には○○式コーチングやら○○認定コーチングだの○○協会認定だのいろんな理屈をこねくり回して複雑なことをやるコーチも多いらしいが、これらは無駄である。で、コーチングで得られる結果は当然、人それぞれではあるが、・その人の個性が際立ったり・もともとあるものが磨かれて外に出たり・美的センスが身に付いたり・感性が良くなったり・人間的な魅力が何倍にも増したり・ストレスを感じなくなったり・漠然とした不安感もなくなるし・人間関係が劇的に良好になったり・人の成功を喜べるようになるし・心の余裕も生まれるし・自然と憧れの存在になる(なりたければ)・お金が稼げる脳になる(なりたければ)・仕事で圧倒的な結果を出せるようになる・魅力的な人と出会えるようになるつまり、望む以上のものから望まないものまで(良い意味で)まるで連続ガチャのようだ。それがコーチングだ。興味のある人は、15分の無料コーチングセッションも提供しているので試してみてください。

「お金を稼ぐ」ということへの違和感

よくネットで見かける、「月にいくら稼ぎました」「月商は7桁です」「年収はいくらです」ってのがあるけど、これって相当ダサいよな。酷いケースになると、「私の彼氏はハイスペックで年収5000万」とか言い出す女もいるぐらいだ。おい、ちょっと待ってくれよ。そもそも、お金をいくら稼いでますってのは自分の話だろ?でも、商売はお客さんがいるから成り立つものであって、はじめに、価値の提供が先で、その差額分としてサービスを提供したこちら側に利益としてお金が入ってくる。ということは、「稼いだ」のではなく、お客さんがいるから稼がせてもらえてるのであって、テメー1人のチカラで稼いだわけではない。商売はお客さんありきだから。そして真っ当なビジネスをしている人間であれば、「稼いだ」なんてことは口にしない。どちらかと言えば、お客さんが幸せになったり喜んでくれることで、自分の幸せだったり喜びにつながるのであって、それを「稼いだ」とは言わない。感謝された数、お客さんを喜ばせた数、その数値の現れとして金銭に換算されるのであって、稼いだことを自慢するのはやはり違和感がある。お客さんをこれだけ喜ばせた、お客さんをこれだけ幸せに導いた、これなら確かに自慢されたら「おー、すげぇな」とかカッコいいなぁとは思うけど。いきなりどこの馬の骨ともわからん人間が突然お金の話をしたと思ったら、「俺はいくら稼いだ」なんていう始末だ。しかも、その彼女は彼氏のことを「ハイスペック」と機能だけでしか見ていない。んじゃ、そのスペックとやらが、低スペックで年収が200万になったら別れるのか?だとしたら、2人とも終わってる。金で寄ってきた女にイイオンナなんぞいやしない。人をスペック、スペックとおもちゃや道具の機能だけで見てるんだから。それを寄せ付ける男側にも問題があるんだけどな。人の見えるところで金の話なんぞするんじゃないよ、とろくさい。そういう人間が人に対して順位を付け、勝ち負けだけで争ってるんだろう。だとしたら、お前さんたちが一番低スペックだぞ。21世紀にもなって、しかも小さな島国の日本で誰が勝っただ、負けただのほんとにくだらない。争い、勝手なジャッジ、序列、差別、こんなものは地球上に必要ないものだろうよ。

物事の決めどき、始めどき、

物事には「始めどき」というものがあるらしいが、本当にそうなのか?これが、実はないんじゃないか?そんなものは、と思ったので、それについて書いてみる。よく聞く話に、「状況が整ったらやります!」「環境が今よりマシになったら始めます!」「準備が完璧に整ってからやります!」といったものがあるけど、状況が整うことはまずない。人間なんかはずっと未完成のまま人生を終えて行くんだから、未完成のまま見切り発車するのが良い。つまり、何かを始めたり、決めるのにタイミングは大切なのだが、準備らしきものはいらない。ビジネスなら戦略や戦術という話もあるがそれと今回の話はまったくべつものである。「状況が整うことを待つ」なんてことはしなくていいし、「完璧になってから始める」ってこともやらなくていい。人間なんかは未完成のままずっと葛藤しながら生きていくのだから。そのプロセスでいろんな成長があって成熟していくのが人間なんだよ。辻褄が合わないことがたくさん起きるのが人生で、何かを目指して結果が出たときに辻褄が合えばオッケーなわけじゃん。だから、今あなたが何に戸惑って躊躇してるかはわからないけど、自分の第一印象に従って生きたら良いんじゃないかな。心の声なんかを大事にし過ぎると、葛藤のなかで苦しむよ。自分のことをまるで、箱入り娘のように大切にしてしまう人もいるけど、そんなに大事にしなくていいんだよ。自分を大事にするってことは、心の声に耳を傾けるわけだから判断に迷いが生じる。(一見良いように聞こえるが、直感とは程遠い)そうなると、今やることが正しいかどうか気になって、ブレてしまう。でも、そうじゃない。自分の第一印象で感じたままにそれを実行するのが一番良い。それが決めどきであり、まさに始めどきなのだから。

相手を勝たせる

タイトルにあるように、相手を勝たせるってのはビジネスにおいて基本中の基本だと思う。ただ、誤解してもらいたくないのが、「相手を勝たせる」=自分が負けてあげるとか、折れてあげるという意味ではない。徹底的に応援して勝たせる、っていうニュアンスだ。で、コーチングもこれが基本にあり、とにかく相手を勝たせることだけを考える。なぜなら、自分が勝ちに行くっていうのも言葉としてわからなくはないが、それだとそこで終わってしまうよね。そうなると話が続かないし、この世は連続性で成り立ってるわけだから、(宇宙の拡張現象と同じで)相手を勝たせて、さらにその人の相手も勝たせて…って続けていくと勝つ人が増える。=それが自分の幸せになるんじゃないかな?と俺は思うけどな。例えば、仕事で人と会う予定が入っててドタキャンされたとする。まぁ、普通の人ならここで大体が怒ったり、相手を責めるだろう。自分もかつてはそうだったし(笑)でも、待てよ?今日会うことを約束したのは自分だし、その人と関わりを持ったのも自分だ。つまり、接点をつくった自分側に問題があると捉えることができれば、相手を責めることはしないんだよ。(そもそも断られる自分に問題がある)それどころか、人生で起きるすべてのことを自己責任と思えるかどうかで、人としての資質が決まるんじゃないかな。こういうときに人は成長するからね。なんでこの話をしたのかというと、今回の「相手を勝たせる」ってことで言えばこれと逆向きなことをする人が多いからだ。ドタキャンされたり、予定をすっぽかされるなんてことは人生では一度ならず、二度三度ぐらい誰もが経験するだろう。こういうときに、相手を責めるのは簡単なんだ。相手の悪いところ、短所と思わしきところを突いて足を引っ張ることは誰にでもできる。じゃあ、それをやったとしてあなたに何か良いことが起きるのか?あなたにとって、何か利益になることがあるのか?ないよね、そんなの。つまり、自分に関わる人を全員勝たせるって意識で生きてると、じつはネガティブな情報は頭に入ってこなくなるんだな。そうなると原因は常に自分にあり、目の前に現れた人や関わる人は勝たせるという意識しかないから、絶対に責めたりしなくなる。相手を下げることをするってのは、自分を下げることにもなるからね。それは利己的なマインドをつくるだけ。そうではなく、相手を徹底的に勝たせる、応援するという意識で対峙すれば、自分からは損得勘定が失せる。人生においても、ビジネスにおいても、損得勘定が一番ジャマになるし、要らないものなんだ。人間関係で損得勘定をやったらどうなる?ほんとにくだらない人間になるぜ。つまらない、小さな人間にね。そうではなく、とにかく相手を勝たせる。

2種類の「素直さ」について

大人になると素直さが失われ、それによって損する人が多いんだろうなと思ったので、それについて書く。まず、素直さには2種類あって、一つは子どもの素直さだ。これは親の言うことを聞かないと生きていけないため、言いなりになるという意味での素直さだ。もう一つは、大人の素直さだ。これは理不尽な話であったとしてもそれを受け入れられるかどうかの素直さ。ただ、語弊があるようだが、思考停止で話をそのまま鵜呑みにしろ、ということではない。その話を聞いて理不尽を感じたとしても、そこに何かしらの可能性を感じたり、言語化はできないが、その未知なものを受け入れられる素直さがあるかどうかだ。大人の素直さはある意味、子どもの素直さよりも凄い。というより、威力がある。あなたが持ち合わせている素直さはどちらだろうか。人は誰しも育った環境で教育されるし、それはまさに頭に付いたゴミなんだよ。そのゴミのせいで、大人であっても素直さを失っている人が多いと感じる今日このごろ。思考や心に付いたゴミは所詮、影響されたものであり、あとから付いたものに過ぎない。どんな人にでも魂はあるだろうし、ハートはあるだろう。そこにはゴミは付かない。ゴミが付いてるのは頭だから。その頭で思考すると視界が濁って見える。だから素直になれないんだ。でも、あなたは頭で考えてしまう。そこにジレンマがある。ハートが感じるままに、魂が求めるままに生きたら大人の素直さは手に入る。というより、取り戻せる。現代人は情報社会で生きてるため、莫大なノイズにさらされている。だから知識はたっぷりあるし、「知った」気になりやすい。知りもしないのに「知ってる」というし、出来もしないのに「わかった」という。これは素直さとは対極にある、ということを表している。我々はゴミが付き過ぎて、素直さが失われつつある。あなたは、頭に付いたそのゴミをいつになったら取るのか?それを教えていただきたいものである。

【無料メルマガ】セルフコーチング講座

こちらのメルマガは、自身に対してセルフコーチングを行ってもらうための無料講座です。と言っても、無料を強調して情報弱者を集めたいわけではありません。自分の未来に対して「より良くしてやろう」という気構えのある方に、少しでもコーチングの威力を体感してもらうために用意した、ステップ形式のメルマガです。なので、思考停止の状態で購読していただいても何も身に付くものはありません(笑)そこは、ご了承くださいませ。個人が持っている能力を圧倒的に伸ばすことを目的としているので、正直なところ、個人差はかなり出ます。そして、感覚やセンスが試されます。言い過ぎでしょうかね…でも事実なので。とはいえ、コーチング自体、成果を他人と比較するものではありませんし、自分に打ち勝って理想の未来を現実化していくものなので、前向きに取り組んでいただけたらなと。登録してもらった次の日から、7日間連続でステップメールが届きます。そのコンテンツをもとに人生を見直し、ご自身をセルフコーチングしてもらうことで能力を最大限に引き出してもらいます。それによって既存のゴール、あるいは新たに設定したゴールに向かって、エネルギーを爆発させて行きましょう。対象者としてはこんな感じですね。・過去が原因で、未来が不安な人・生きる目的がなくて毎日がつまらない人・何かにハマり込んで学びたい人・会社のなかで圧倒的な成果を出したい人・人間関係において最高の結果を得たい人・スポーツや趣味でも結果を出したい人・自分の能力を新たに開花させたい人・今結果が出てるものをさらに極めたい人・フリーランスで、思い切り成果を出したい人書き過ぎてもあれですけど、コーチングはとにかく汎用性が高いので、家族関係でも友人関係でも、会社内においても、趣味やスポーツでも、とにかく何にでも結果が出てしまうツールなんです。もちろんビジネスでも。例えると、スマホに入れておくと便利な、毎日使えるアプリケーションみたいなものなんです。とりあえずアプリをインストールしとこうかな…といった軽い気持ちで取り組んだものが途中から本腰入れたら、人生が激変しちゃいました、みたいな。こんなことはよくある話です。この話に興味のある方はこちらからメルマガの登録ができます。

繰り返されるデジャブ

何年前だったかな、向こうから声をかけてきたのか自分から誘ったのか覚えてないけど、ある女の子とお茶をして仕事やら何やらの話をした。仕事しながら副業してる子で、ブログやらアフィリエイトの話をしたっけ。そもそも俺はブロガーでもアフィリエイト専門でもないのに(笑)んで、それからほんの数年、自分は住むところや取り組むビジネス、人間関係もふくめて環境が大幅にグレードアップしたけれど、(圧倒的に良くなっているという意味で)その子は環境が変わっても自分が成長しないままだから、むしろ人間的なレベルや精神面の成熟度なんかは落ちてないか?と思うような人生になっていた。なんと言うか、ひとことで表すなら「さげまん」の雰囲気を醸し出していた。この数年間で何があったかは知らないが、前よりも人間的な魅力が落ちているし、なんなら生命力も感じない、覇気がないというか。何が言いたいのかというと、転職したり、引っ越したり、人生にはいろんなライフイベントが起きてくるけど、それを解釈する側の自分が変わってないと何が起きても人生が変わらないなと思った。つまり、仕事を変えても人間関係を変えても同じようなトラブルに見舞われたり、あと一歩のところでうまくいかなかったり…それって、この世界を認識する側の自分が変わってなければ何の意味もないどころか、手を替え品を替え、何回でもイヤな出来事や同じようなトラブルに見舞われるんだなと。この手のタイプの人間に多いのが、自分を変えようと努力したり成長しようという意欲がない。そのくせ、周りを変えようとしたり、変わってもらいたがる傾向にある。その結果、望んだものがそのまま人生に返ってきてるだけなんだけどね。まぁ、他者と自分を比較するなんてのはナンセンスだけど違いとして何があったのかを最後に説明して終わろう。まず、彼女の場合は人生にゴールがなく、行き当たりばったりで、その場のテンションに任せて人生を委ねる。そして、どこにたどり着くかわからないし、目的地がないからどこにも到着しないんだ。一方で、自分の場合はもともとゴールを設定していたし、ゴールをさらに高いところに設定し続けたから然るべきところに向かってたどり着いたまでのこと。(まだまだ発展途上ではあるが)つまり、ゴールがない人間は(人生は)他人に流されながら生きる羽目になるから人に敷かれたレールや他人のゴールを追いかけながらもがいているイメージだ。そりゃ、うまくいくわけがない、自分のゴールじゃないんだから。いつも「●●させられている」ような状態だろう。自分の心からぽっと浮かんで出てきたことじゃないから、いつも「●●しなければならない」ってことに義務感を持って生きてるから生きてる心地もしないし、目の輝きも次第に失われて瞳が曇ってくるんだよ。自分はたまたまコーチングと出会ったことでそうならずに済んだが、いや、むしろ人生がだいぶ良い方向に向かっているけど、あなたはどうかな?毎日何かの義務や「しなければならない」ことに追いかけられていないか?問題に追いかけられる人生より、自分のゴールを追いかける人生を俺はおすすめします。

その仕事は誰のためにあるのか?

そもそも仕事ができる人間ってどんな人物を指すのだろうか?一生懸命にがんばって、毎日がむしゃらに仕事をしたらそれは評価されるべき対象になるのか?俺は違うと思う。むしろ「がんばる」なんてのは当たり前で、それどころか頑張って何かをしてるときはパフォーマンスが低いから頑張る必要性に駆られるのであって、言うであればhave toで何かをしてるときは「●●せねばならない」という心境だから義務感が強く、奴隷マインドだよね。そんな状態だからますます一生懸命にがんばって評価してもらおうとする。でも、無理だよね、そんなの。やりたくないことを義務感を背負ってhave toでやってたらクオリティなんか出るはずがない。仕事でも遊びでも、最高のクオリティが出るときは頑張っていないときだから。つまり、それらを楽しみながら相手のために損得勘定抜きで、ゼロ百で尽くせることができたらそれこそ周りから評価される。それは利他的なマインドで、損か得の世界にいないからなんだよね。評価されたいときほど、人は頑張り、have toになる。その自分って相当自己中になってるから、評価されなくないか?しかも、もとから人のための仕事なのに、「相手のためにやった」なんて驕りが生まれたら品性が失せる。なので、仕事は何のために、誰のためにあるのかを考え、取り組み直した方が良い。自分が評価されるため、自分がメシを食うためだけならそれは質が低いただの作業だから。世の中の仕事はすべて自分のためではなく、喜んでくれる向こうの人やお客さんのためにあるものだから。それが抜けるとダサくなるよ。

コーチとクライアントの関係に必要なこと

この際だからハッキリ言っておくが、コーチにとって資格や専門家であることは不必要である。次に、クライアント側にとってもコーチの資格等は本人が必要としているかどうかにかかわらず、不必要である。なぜ、不必要なのか順番に説明してみる。まず、コーチ自身が何らかの資格を保有し、「私は専門家である」と名乗ることはべつに自由だし構わない。だが、一つ聞きたいのは、あなた方は資格を取るのに座学はたくさんやってきたのだろうが、シャバやストリートで身に付けてきた嗅覚や動物的な勘はあるのか?おそらく、こう問うたときにこの先生方は御託を並べ始める。これを屁理屈と言う。もうその時点でコーチとして失格であると、俺は思う。その資格や理論体系をもとにその人たちは話してしまうだろう。だから例外なケースや、そのクライアントの深層意識で行われてる自己対話や矛盾点など、そういったことを見抜けるのか?瞬時に働く勘は身に付いてるのか?あるいは、クライアントの深層意識に直接働きかけることで、内部表現の書き換えをする技術はあるのか?この基本的な技術やコミニュケーション能力がないのによくもまぁ…専門家ヅラをするよなと。いずれにしても、こういう技術がないのに資格だの専門家などを謳っているコーチには何のチカラもないし、肩書きや見せ方のうまさ、あるいは権威性だけでのさばってきたのだなと思ってしまう。次にクライアント側の視点でコーチを選ぶときの基準について話をしてみる。まず、コーチを選ぶときに資格や肩書きがやけに派手なタイプは避けるべきである。型にハマった人間はいつも自分のフレームでものを見てしまう癖があり、「このクライアントは専門外だから…」みたいな感じでジャッジしてしまう。そう、つまり専門家や資格をぶら下げる連中ほど、狭い視野で相手をジャッジしがちだから。「このケースは…」なんてね。ひとりの人を、誠実な観点から人間として見る目がないのである。つまり、センスがないのである。もし、あなたが何らかの理由でコーチングを受けるのであれば、この手のタイプは避けた方が将来のためには良いだろう。目先では気持ち良くなれるのだろうが、自分探しをこじらせて、他人からカテゴライズされてちゃ自立もへったくれもありゃしない。じゃあ、何を基準にコーチを選ぶのか?その人の経歴や実績はまず見ない、そして人間性や仕事に対する姿勢や心構えの方を見る。まぁ、ビジョンやゴールと言ってもいいだろう。そこでピン!と来たらその人に頼むのが良いだろうし、何か違和感を察知したら、それはやめておいて正解だと思う。「この人にだったらお願いしたい」という、何か決定的な理由があるのならそれでも構わないが、(大体理由のあるものはダメだが)お願いしたい理由はわからないけど、「この人だったら安心できる」「この人なら大丈夫そうな気がする」という、根拠はないけど大丈夫であろうと、心が安堵する方を直感で選ぶ。つまり、コーチを選ぶクライアント自身もある程度は見る目が必要だということだ。それはその人の品性だったり、感性からくるもので、センスと呼んでも良いだろう。もともとそういうものを磨くように生きていれば生き方に迷わないからコーチは必要ないのだが、それらを磨きたいという人に、コーチングはおすすめである。もっと深く追求したい方はこちらのメルマガを読むと何か発見があるかも。

自分にこだわりがあるヤツはダメになる

自分にこだわりが強い人ってひとことで言うとめんどくせーなって思う(笑)例えば、職業柄、自分を変えたい人や人生を変えたい人に出会うことが多い。「●●になりたいです」「●●な人生を送りたい」とか言う人が多いんだけど、じゃあ、そのために何してんの?って聞くと大抵は何もしてない(笑)んじゃ、何者にもなれないじゃん。ギャグのような本当の話。それでその人を否定することはしないけど、本当に変わる気あんの?って思うのと、今の自分とか過去のこだわりをまずは捨てろよって思うよね。その人の大切にしてるものを壊せ!とまでは言わないが、そのどうでもいいこだわりが人生の足かせになっているなんてことは往々にある。その変な癖が抜けてくるとあらゆることが好転するんだけどね。そうなる前は大体が、自分の何かにこだわりがあるか、自分のことを好きだからダメなんだよね。いや、自分を好きなのをダメって言ってるんじゃないんだ。「これまでの自分」「過去に大切にしてきた自分」要するに、今の自分にこだわってしまうことが未来の可能性を狭めてるってことに早く気付いてほしい。今の自分なんて昨日までの自分で出来てるわけだから、そんなのは捨ててしまえと。どうせこだわるんなら、未来の自分にこだわろうよ。未来の人生にこだわろうよ。これからの人生に、過去なんか一切関係ないから。未来は原因で、現在はその結果でしかない。この意味わかるかな?多くの人は過去が原因で今という結果があると思いがちだから。そうなると現在が原因で未来という結果があることになる。んー、正論に聞こえるけど、違う、まったく違うね。未来がこうなるって確信する、既に決定していると。(自分の理想とする)その未来が原因になって現在という結果が生み出される。その現在は流れて、やがて過去になる。と言うことは、時間というものは未来→現在→過去の順番で流れてるんだよね。これ時間と空間、まぁ時空の概念を調べるとわかるから調べてね。論理的に考えるとそうならざるを得ないって状況になるからね。なので、今の自分も過去の自分も嫌いになろう。全部の執着を手放して未来の自分を肯定する。その上で今を生きるとどうなるか?…ナイショ(笑)まぁ凄いことになるから。