笹崎武蔵

実はコーチ歴7年。無資格、無所属、無集客の三拍子理論を初めて打ち出したコーチングしないをコーチ。売れないコーチに売れる秘密も教えるコーチングアドバイザー。生き方、遊び方、稼ぎ方、この辺りが得意分野。

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人生が広がらないヤツの特徴

パッと見てて人生が広がらない人ってやっぱり特徴があるんだよね。・思い込みが激しい・物事を難しく捉える・いまを生きていない ・目の前の人を大事にしない・悩む、迷う、考えるまぁ、こういうクソみたいな考え方してると大体人生がパッとしなくなるんだわ。ゆえに人脈もパッとしない、人生にも歯応えがない、同じ日常が続いてひたすら老ける。みたいな。いいとか、わるいとかそういう話じゃなくて、動く気がないなら人生に何かを求めるのをやめろよって思う。求めるヤツに限って動かない、口を開けば不平不満、そのくせ何もしやがらない(笑)いや、いるよね、こういう人。べつに何をどうするのもその人の自由なんだけどさ。じゃあ、何もしないなら初めから聞いてくんなよって話。何かに期待して聞いてくるわりに、聞いたらそこで満足して終わり、みたいな。大体な、ぬるま湯に浸かりながら何かを変えようってのが甘いんだよ。ぬるま湯のなかでアンタは人生の振り幅を求めてるだろ?それがズレとるっつーの。わかる?振り幅がなきゃ変化なんかあるわけないんだからわざと不快なところに行くんだよ。それができないヤツはビジネスやったり、情報発信とか、人のブログなんか読むな。読むだけ期待が膨らみ、その分、落差にやられるから。でもな、勝手に期待して、勝手に落ち込んだのはアンタだからな。わしゃ、知らんがなって話。口だけで何もやらないヤツ多いもんなほんとに。そうやって、3ヶ月、半年、一年って時間が過ぎて何も結果が出ないから勝手に諦めていくんだよ。誰もわるくないからね。勝手にやめるヤツがわるい。口先だけで、テンションで動いて、やったりやめたり、遅いんだよ。他人とか周りになんとかしてもらおうと過度な期待をするから勝手に落ち込む。まぁ、こんなクソみたいなブログ読む暇があったらさっさと動くことだよ。俺は一度たりとも満足したことないし、常に自分をクソだと思ってます。クソだからこそ人の倍以上やらなきゃだし、クソだからこそもっとがんばろうって未来が明るく開けてくるんだよね。もっといいものがあるんじゃないかって。でも、入口がポジティブなヤツは大体、自分のことイケてると思うから挫折したりギャップに落ち込むんだよ。クソのくせに、クソだと認めない。その思考がもはやウンコ。固まったクソが頭にこびり付いてどんより重たいんだよ。わかる?久々にクソみたいな話をしたので、こんなブログ読まずにとっとと動いてサクッと結果を出すように。

ゲスい性格はこうしてバレる

なんかよく見かけるのが、イイヒトぶる人ほどボロが出るというか違和感が凄まじいんだよね。取り繕えば、取り繕うほどゲスい性格が露呈されるみたいな。いるでしょ?そういう人。なんか善人ぶってるのか、人から「こう思われたい」が強過ぎて素直じゃないんだよな。嘘で塗り固めた自分を隠すために動揺した表情や言葉をもっと隠そうとする。それが違和感となって毛穴から滲み出てるんだけどさ、本人は気付いてないんだよ。涼しいツラして歩いてるけどアンタのことだよ。イイヒトぶるって腹黒いし意地悪なんだよな。意地が悪いから、意地汚いし最後はツラも汚れてくるんだ。こういう人をゲスいって言うんだよ。言い訳がましい人っていつも遠回しにしか言わないし、心の奥にあることを隠してコソコソしてる。でもな、見る人から見ればわかるからな。取り繕ってるのが。基準が自分にないからブレるんだよ。他人や誰かに「こう思われたい」が先行し過ぎて逆にボロが出る。そしてそのボロを隠すからゲスい人間に見られるんだ。そうならないためには素直に生きる。自分の心に嘘を付かず、ありのままに曝け出してゲスい自分全開で生きたら逆にモテるし、魅力的になるよ。こういうのって自分じゃわかんないんだよな。"コーチングはアートである"なんて名言があるけど、まさにそうで。俺んところに来てくれたらそのゲスさも武器になるからな。素直になるってのはそういうこと。ありのままの自分を曝け出すから内側から魅力が爆発してそのインパクトが人々に伝わるんだよ。わかるかな。

「頑固一徹」の罠

たまにすげー頑固な人を見かける。もう見るからに身体も硬そうだし、心も硬い。何をそんなに守ってるの?安いプライドを大事に抱え込んでクソの価値にもなりゃしないのに頑固一徹の一点張り。自分も確かに元々は頑固だったし、今でもそういう節はあるのかもしれない。でも、譲るときは譲るし、認めるときは認めるし、受け入れるときは受け入れる。自分を大事に守ろうとか、安いプライドにしがみつこうなんざこれっぽっちも思わない。自分のことなんかいつでもダメだと思ってるし一番の怠け者でクソだと認めてるからそれを大事にしようなんて思わない。誤解してほしくないのが、自己否定しまくってるからってネガティブなわけではない。自己否定して、自分はまだまだダメだなって思ったら次の瞬間には、じゃあもっと良くなれるなって切り替えができるから俺の場合はポジティブな自己否定だ。つまり、未来志向だから過去を否定して、未来を肯定してる。わかりやすいよね。だけど過去にこだわりがあるヤツは今の自分を肯定しつつ未来に進もうとするから新しいものを受け入れられない。アクセルを踏みながら同時にブレーキ踏んでるよね。だから結果が出ない、みたいな。そういう人って30過ぎてぐらいから人としての魅力がなくなるよね。成長するために自分を変えようとせず、かと言って何もアクションを起こさない。本来であれば、未来をより良くしてやろうと思うなら今や過去の延長ではうまくいかないのはわかりきってるわけだわな。そうなればそんな生ゴミはさっさと捨てて次に進む準備をしないと、つまらない自分のプライドだとか過去を引きずるハメになる。そういう人っていつも怖い顔してるし、表情も強張ってて、身体も硬いからなんかしょっちゅう怪我やトラブルに見舞われてるもんな。なんで、自分にそんなこだわるわけ?なんで、過去にそんなこだわるわけ?それ意味あんのか?くだらないものなんか捨てちまえ。頑固者はチャンスも逃すし、運も味方してくれないし、頑なになればなるほど大事な仲間も離れていく。心も身体も柔軟で柔らかく生きた方がいろんな面でうまく行くようになるよ。「いや、私はこのまま行こうと思います!」とか、やめろよ、早く。バカなんじゃないのか?

嗅覚の鈍い人間がパッとしない理由

COVID‑19によって世の中や生き方、己の活動フィールドがほんとに変わってしまったなぁと思う。まぁ、自分は大した影響を受けてないが仕事だったり、働き方や生き方を余儀なく変えられてしまう人も多いんじゃないかなと。そういう人たちに限った話ではないが、色々見ていて思うことがあるのでここから本題に入ってみる。いつの時代でも目標を持つことの大切さを説く人は多いし、実際に目標は生きる指針になるから大切なのだろう。例えば、ビジネスにおいてもよく言われる目標を決め、そこから逆算し、今の自分がどうあるべきか?そして何をするべきか?これを俯瞰して決めていく。まさに王道なやり方である。ただ、目標なりゴールを追いかける人を見てたまに違和感を覚えることがある。目標を追いかけるのはいいんだけど、そこに囚われるがあまり周りが見えなくて大事なものが抜け落ちてる人なんかはほんとに見てて痛い。結果に執着することと、目標に囚われて振り回されることは全然意味合いが違う。こういう人間なんかを俺は「嗅覚が鈍い」って言ったりする。目標ではなくそれを達成することで得られる結果や、そのプロセスで得られるものが本来は重要であるにもかかわらず、目的地に行くことだけがゴールだと盲目的になって大切なものを見失う。そのゴールは何のためだったのか?本当は何を得たかったのか?それを得ることで何になるのか?そして自分はどうなりたかったのか?色々思うことがあってスタートしたはずが、人間は渦中にいると見えなくなるらしい。目標を達成するぞー!!エイエイオー!!なんてやってる人はすげー力んでるから身体もガチガチに強張ってるし、心は目標の一点に囚われてるし全然柔軟じゃないんだよね。結果にこだわるのであれば、途中で違和感があればすぐにそのやり方を変えるなりやめて違うやり方を模索していかないとおかしな方向に進んでしまう。これは冷静にゲームをプレイしていたらわかるような感覚なんだけど、なぜか現実になるとできない人が多いから見ていてびっくりする。まぁ、それをなんで?って俺が理由を掘り下げたら大きなお世話なんだろうが、強いて言うなら、嗅覚が鈍いんだろうな。この一点に尽きる。自分はパッとした明確な目標があるわけじゃないから、他人から見ればフラフラしてるように見えるだろう。もともと計画も嫌いだし、何かを決めるのも嫌いだからね。だからいつでも柔軟にしておきたい、そしていざとなったらパッと動けるように普段は何も決めないようにしている。最後の最後まで決めず、余白を空けといて…一番最後に決めるみたいな。そもそも目標が達成されようがされまいがどうでもいいしね。風にまかせたような生き方が好きだから突風が吹けば突然のごとく動き出すし、無風ならなんもしないし、何かのために準備したり成長するためのことに時間を使う。だけど、決めておかないと不安な連中は何かに囚われてるし、これまでの生き方で誰かに洗脳されたのか自我があまりにも無さすぎるなと。何の話だっけ?まぁ、いいや。とにかく人間とて動物なので、嗅覚は大事だよって話です。

ノウハウよりも感性を磨く

自分のブログは恐らく、ノウハウよりも感じたことを書いてる量が圧倒的に多い。noteではノウハウ的なものも出しているけど、やり方ってのにあんまり興味がない。例えば、よくこんな質問をされる。「●●のときってどうしたらいいですか?」こうやって答えを聞いてくる人には一応教えはするが、成長はしないんだろうなぁと思う。酷いケースになると、自分の人生を聞いてくる人もいたけどえ、自分で考えろよ(笑)って思うよね。いつも答えを探す人は、毎回答えが必要になるからその都度探し回るハメになる。そうではなく、こういうときにあの人だったらどう感じるかな?どう考えるかな?どう捉えるかな?って感性のほうをメンターなり尊敬する人に合わせておくと迷いがなくなるし、外さなくなる。ここがズレてる人は悩むし、外すし、迷い込む。ビジネスにしても人生にしても、たしかにノウハウは必要だ。でも、それらはその場その場で対応するなり場数を踏んで行けば自然と身に付く。それに今の時代ならググれば「やり方」はいくらでも出てくる。再三言うように、やり方なんかはさほど重要ではなく自分のあり方や心の置き方が重要だ。それが自分軸に収まっていると迷いは失せるし、悩みも失せる。感性が研ぎ澄まされると勘も鋭くなるし感覚で処理できるようになる。何事もね。一日中スマホ見てたり、テレビ見てたり、メディアばっかり見てると感性が錆びつくし生命力も落ちるぞ。ゴミのような情報しかないじゃん。オリンピックが〜COVID‑19が〜メンタリストが〜マジでゴミの掃き溜めもいいところ。もっとリアルを生きないと。現実にはもっと広くて深くて楽しい世界がいくらでもある。そうならないのは、文明に毒されて視野が狭くなってるだけ。情報過多は視野を狭めるから現実を生きる割合を増やさないと。そのためには情報やノウハウを追うのではなく、感性を磨こう。

幸が薄い人の特徴

こう言ってはなんだけど晩年、幸が薄い人がいる。これってなんでだろう?って俺なりに考えてみた。まず幸が薄い人って顔が薄いんだよな。なんで顔が薄いんだろう?理由は3つある。❶理想がない=ゆえに伸び代が頭打ち❷当たり前の日常に対して感謝心が薄い❸好奇心や冒険心、素直さがない順を追って説明する。❶理想のない人間はゴールがない、つまり目指す目的地がないからフラフラしてブレる=自分軸がない。そうやって他人の時間軸で生きるから自分じゃなくなり、伸び代もないから幸も薄くなり、顔も薄くなる。❷日常に幸せを感じてますっていうけど、深い感謝ができる人って理想があって、何かしら結果を出してるからこそ、当たり前の日常に感謝ができる。当たり前の日常に対して感謝ができる人はそれが当たり前じゃないとわかってるから、ありがとうの気持ちが強い=有り難い有ることが難しいのが→日常つまり感謝心が深いから顔も深くなる。❸好奇心や冒険心がない人は、現状に甘んじてチャレンジしなくなるから人としての魅力が失われ、人間的にパーっと開いていかなくなる。つまり、それは子どものような純粋性やピュアな素直さに従わなくなるから感性のアンテナが錆び付いてしまい好奇心も失われる=何もしなくなる。こういうことが総合的に絡まり合うことで幸が薄くなり、顔も薄くなる。これわかる人にはわかる話だと思うな。人間的な魅力があるからいろんな人と深く関わるし、深く関わることで表情にも深みが出て人生に味が出る。そうやって育てた情緒がその人のオーラとなり、魅力になるんじゃないかな?それが出ない人ってのはどこかで諦めてたり、自分に都合の良い言い訳をしながら何もしないことを良しとしてるよね。アンタはどうなんだって?俺は毎日積極的に不快な人間関係に飛び込み、不快な行動をしまくって、自分を不快な環境に追い込んでます。なんでかって、辿り着きたい場所もあるし、見たい景色もあるし、家族や大切な人をそこまでは連れて行きたいなっていう野望?理想かな。あなたにはそういうのあるの?それともないの?こういうことに興味がある人は一旦、コーチングに来ることをおすすめしますよ。何か答えが見つかるかもね。

口だけのヤツが変わらない理由

いまの時代に限った話ではないけど、口だけのヤツって多いよな。例えば、・痩せたい←筋トレ&ダイエットした?・変わりたい←変えるために何かした?・つまらない←そうならないためには?・刺激がない←自分で動けよ・これがほしい←買えば?みたいに、簡単に解決できることでも口先だけで何もしないヤツが多いんだよ。自分で言ったことせんよな、ほんとに。頭で「動け」って身体に指令出してるのに動かなかったら、それビョーキやでな。早く治したほうがいいよ。え、そうだよね?動け!って指令出して身体が動かないなら結構深刻な病気だから早めに治療してな。ほんとに。とまぁ、半分は冗談だけどさ、言ったことせんと自分に対しての信用もなくなるよね。自分で、自分に嘘つきまくって、「何もやらない」という習慣に流され、惰性でそれを繰り返す。それで文句が出る。でも心の奥底で望んでるのはあなたなんだよな。それを望んでる。だから目の前には頭でしっかりイメージした世界がつくられてるじゃん。そうでしょ?自分でイメージした世界はいつも目の前に広がってる。まだそうなってない?思い通りにいかない?それなら最初にイメージした、「そうなる方に」自分を動かさないと、そうならない世界を引き寄せる。だって、そうならない選択を自分でしてるもんな。これって当たり前の理屈で、何も難しい話でもないし、精神世界の話でもない。かなり現実的な話だよね。自分でそうしたかったら、そうなる方に持っていけば済むのに、わざわざ頭でゴチャゴチャ考えて複雑にしてるのは自分だからな。人は考えれば考えるほどどんどん難しくしていく。そうではなく、すべてシンプルに。勘が冴えてくると思考はシャープになり、考えずとも動ける。動いてから考える。そうなってから考える。やってから考える。こうなったらどうしよう?ではなく、「こうしたい」という自分のピュアな心に従いそのまま動く。あれこれイジらない。それが本来のオリジナルな自分。ピュアな人間が持つ最大の武器は素直さ。この心を感じ、その通りに生きると現実は思い通りになる。思い通りにならないのは、あなたが素直じゃないから。思ったことを思ったままにせず、あれこれイジって思考を曲げてるんだよ。だから感じたままに動き、動いてから考えるようにしたらきっと今よりも人生が良くなるよ。建前とか世間体とか捨てて、ピュアで素直な自分の心を信じてそのまま動きましょう。

人生の流れが悪くなる3つの間違い

今回は色んな人を見てて思ったことがあるので、それについて書いてみる。まず、はじめに結論から言っておくと「人生の流れが悪くなる3つの間違い」というものがあるとしたらそれはこんな感じになるだろう。❶場違い❷タイミング❸人①は行く場所&いるべき場所を間違うことで良くないシグナルが表れ②それを続けてるとどこに行ってもタイミングが合わなくなり③もう離れた方がいい人がいるのに執着することで劇的に運気が落ちる順を追って説明していく。❶の場違いについては、もうその場で得られるであろう結果は出ているのにもかかわらず、そこにこだわり続け、執着することでいろんなチャンスを逃しているということ。具体的には、離れたほうがいい場所というものがあり、それが職場なのか実家なのか、人によって様々だが潜在意識が「違うよ」ってサインを出しているのにもかかわらず、こだわることでどんどんストレスが溜まり、人生がダメな方へ流れる。❷のタイミングについては、❶の延長線上の話になるが、場所を間違えてる時点でタイミングが合わなくなってくる。全部の信号が赤になって引っかかるとか、踏切で毎回電車が通るのを待つとか、具体的にいうと、尊敬する人やリスペクトしている人と予定が噛み合わない。あるいは、仕事関係や知人とのアポが噛み合わない、話が進まない、商談が成立しない、とにかく人生全般においてNOと言われているような錯覚に陥る。それがタイミングを外すことでやってくる。まぁ全部自分のせいなんだけどね。❸人に関しても、❷のタイミングを外してる時点で関わるヤツを間違えてるからどんどん運気が落ちて、ツイてる人たちから見放されるようになる。つまり、場所を間違い、タイミングを間違えることで、関わる人まで間違う。こうなると望んでない結果がどんどん訪れ、人生が負のスパイラルに突入することになる。まぁ望んでない結果と書いたけど、潜在的に自分がそうなるよう仕向けてるんだけどね。これは心のチューニングがズレてるから全部を間違ったり外すんだよ。ちょっと殴り書きしてみたけどどうだろうか。当てはまる人もいるかもしれない。もしピンと来たら、場所、タイミング、人、これらを意識して変えた方がいいかもしれない。

成功の兆しを帳消しにする人

以前まで何かを目指してて、突然辞めてしまう人がいる。べつにそれはいい。立ち止まるのも大事だし、何かをじっくり考える時間が人生のなかでは必要なのもわかる。ただ、成功の香りがその人から消えてしまうと一気に魅力がなくなる。だから途中で投げ出さず、最後までやり抜いたほうがいいんじゃない?って思った。女性がこれをやってしまうと、色気、艶、エロさが失われモテなくなってしまう。色気とか雰囲気ってのは見た目じゃないんだよな。脱げばエロい?それは安い女のすることだから。本物の女性は装いがどうであれ、中身から滲み出るものだから…それが大人の色気。男も例外ではない。あるところまで何かを目指していたのにピタッとやめてしまうと、スッと成功の香りは抜けてしまうんだ。これは大きな間違いだといつも言っている。もう少しで結果が出たのかもしれない、あるいはあと少しやっていたら爆発してとんでもないことが起きていたのかもしれない。要は、これも想像力の問題で、イマジネーションがどれぐらいあるのか?これに尽きる。想像力がないのはそもそも、知識不足、情報不足、人脈不足、これ以外の何者でもない。人生は想像したらその通りになるし、想像したところまでしかいかないからね。イメージ出来てないことは起きようもないし、イメージしてないのに向こうから良いことが勝手にやってくるのはシンクロニシティだから…それはまた話が違う。なので、まとめると、魅力のある人は成功の香りが馴染み出ている人ってこと。結果が出ようが出まいが、途中で諦めちゃダメ。ダメになるなら、ダメになるまでやり抜いてから次に行かないと。これは前者と後者では結果に雲泥の差が出るからね。もちろん、人間的な魅力にも影響するよ。先ほど出てきた、シンクロニシティに興味のある方はこちらをどうぞ。

あなたの口癖がそのまま人生になる

最近はコロナ云々もあるけど、人と会ったり、zoomで通話をすることが多いので前よりもSNSの頻度が減ったな。減らしたわけじゃなくて自然とそうなった感じか。リアルの時間が毎日のように充実してくると、そこで関わる人からの影響を受ける=環境と言ってもいいのかな。その環境に自分の周波数が合ってる状態でTwitterなんかを眺めてると異常に思えることが多々あって。まぁ、たかがSNS、されどSNSなんだけどさ。「今日〇〇なことがあって、アイツにこう言われて擦った揉んだ色々あって〜」「え?そうなの?大丈夫?嫌だったね」みたいな会話ってどこにでもあると思うんだけど、まず、その傷の舐め合いをやめたほうがいいと思った。その不幸癖ってのは根付きやすくて、俺はチューニングなんて言ったりするけどそれのズレてる連中でつるんでるとどんどんズレて下がっていくんだよね。「今日は〇〇がありまして!!」って、気持ちはわからんでもないが、え?つるむのやめりゃいいじゃん?って話で終わるわけ。まぁ、その不幸癖が抜けない限りはその状態が心地良いから、同じことを同じ場所で同じ人たちと同じように繰り返し同じような人生を送るみたいなことが続くんだけどさ。人間だから色々あるし、ストレスも溜まるし、腹の立つことは起きるよね。でも、なんで変えないの?え?なんで違う人に相談しないの?専門家に一回でも相談したことある?要はさ、出来事なんてのは、ポジティブもネガティブもないんだよ。自分がネガティブな周波数だからすべてのことがそう見えて、そういう人や現象を自分で引き寄せてるの。わかるかな。同じことが起きててもそれよりも大事なことや熱中してることがあると、ネガティブに見てるようなことでもチャンスって捉えたりできるわけ。わかるかな。そのチューニングが狂ってるから不幸癖が抜けないの。チューニングを整えて、考え方、捉え方、対処法、なんかを学んだらその日から人生変わると思うよ。変える気があればね。ってか、色んなことが起きたとして頭で考えてても絶対に解決しないから。基本的に自分よりその分野で結果を出してる優れた人とか、ツレに話すんじゃなくて一番相談し難い人に話を聞いてもらうと一発で解決するよ。これ、ほんとに。自分は今でもそうしてます。多少苦痛であっても。そうすると口癖も変わるから、自分の元に集まる人や情報も変わり、行動も変わるから、人生が好転するのは当たり前の話。あなたは、あなたが口にした通りの人間になって、その通りの人生になってる。これを認識するだけでも大分違うんじゃないかな。

貧乏になるバカ女の口癖

貧乏になる人間ってやっぱり思考癖が偏っててさ。何を見てもネガティブに捉えてしまう。何を見てもね。例えば、人の服や財布に文句を言ったりね、人が新しく買ったものにケチを付ける。こういうバカ女は不幸癖が強いから人間関係にも恵まれず、安月給で人生を固定されて、不平不満を漏らしながらいつも何かや誰かのせいにしてるんだよ。自分の人生なのにね。選んだの自分じゃん?不幸なヤツらってやっぱりセルフイメージの低い連中同士でつるんでるもんね。んで、何かあると同じ層で話し合ったり、相談し合ってる。バカなのか?思考と行動をいつも経済や政治に縛られ、買い物をするときも「高いor安い」という金に支配されて、ストレスを溜めながら生きている。高い=我慢しなきゃ安い=安心して買えるこういう貧乏癖が染み付いてしまうと自分を否定できなくなるから、他人か物を否定しないと自分を保てなくなる。そういう人間は貧乏臭さが見た目に出るし、思考や口癖にまで影響するからそれなりの人たちから相手にされなくなる。出してるオーラや周波数っていうの?それが澱んでるだよ。目は死んだ魚のように濁ってて生気がないから見た目の品もない。こういう薄っぺらい人間とは関わりたくないね、俺は。

自分磨きはウソ

なんかよく自分磨きをするぞー!エイエイ、オー!みたいなテンションの人を見かけるけど、大丈夫かな?って思う。暑苦しいよね。社員研修じゃあるまいし、京セラドームで講演会やるわけでもないのに気合い入れ過ぎなんだって(笑)そもそも何のために自分磨きをするの?社会的に有利なポジションに行って、あわよくば少しでも稼げる自分になりたいってか。それがあなたのいう成長だとか、自分磨きだとしたらかなりショボいよね。ただの自己中ってか、利己的過ぎてサブい。まぁ、表現的には間違ってないんだけど、魂を擦り減らす行為をしてるのだとしたらそれは自分磨きではなく→擦り減らしなんだよね。これを成長って言ってんだよね、みなさんは。成長とは、将来の理想的な自分に近付くこと、または近付いていくことをいう。みたいなものがあったとしたら、これって退化じゃないかな?磨いて光るのは石ころやダイヤモンドの原石ぐらいで、人は磨いても擦り減るだけ。人間は磨くものではなく成長していくものだ。動物も植物も磨かれていくことで大きく育ったり、美しくなるわけではない。ただ本能に従って、自然の流れに導かれながら成長しているだけだ。この定義でいくと、成長することは磨いて磨いて理想的な姿になるってのはおかしいんだよ。成長するってことは、暴走しがちな理性や知性を抑えつつ、人間の五感や身体をフルに使って自然界から学んでいくことだと思う。そのためには本能の声に耳を傾けて心の思うままに動いて生きることだ。小手先のテクニックや知識を付けて要領良く生きるということは、自然からはどんどん遠ざかるよね。それは成長でも何でもなく、俺から言わせれば退化でしかない。人は自然、本能に従って生きるときのみ心の平常を保つことができる。自分磨きに精を出しても心が不安定であるなら、それは成長とは言わない。以上のことから考えると、自分磨きとは、ウソである。ということが言える。ps' あ、そうそう、自分磨きと言えば、時間がまとまって取れるこの連休にじっくりセッションでもどうですか。あなたの現在や未来、どう捉えて行けば良いのか?ガッツリとセッションをすることでその答えが見えるかもしれません。まぁ、ピンと来る方は見てみてください。