幸せを願う人ほどなぜ、不幸になるのか


誰もが幸せになりたいと口では言う。

でも、それって言った瞬間に、
「いま、わたしは不幸なんです」
って潜在意識に刷り込んでるんだよね。

幸せを願えば願うほど、
なぜか、それとは真逆な行動をする。

「幸せになりたい」

逆に思う。
え、なんでそんなに幸せになりたいの?

こういうことを口にする人って
いまある幸せにはまったく目もくれず、
自分にないものねだりをした結果、
不幸なんじゃないかと思い、
幸せを追いかけ破滅して行く。

そういう人たちを定点観測してみると、

ここでAを選択すればほぼ間違いなく
人生が好転するのに、
なぜかそこでBを選択してしまう。

そしてやはり不幸のツボにハマっていく。
あなたの周りにもこういう人いないかな。

有名な逸話にこんな話がある。

医者があと一回来たら治りますからね。と患者に伝えたところ、翌朝、交通事故に遭って病院に来れなくなった。そして病気は治らないどころか、さらに怪我や病気は悪化した。

これはやや大袈裟な話ではあるけど
これに近いことをやる人がまぁ多いこと。

思うに、ほんとに幸せになりたいヤツなんか
この世にいないんじゃないかなと。

自分の周りでも幸せそうな暮らしを
している人たちはたくさんいるが、
べつに幸せを追い求めてない。

もちろん、心のどこかで幸せを願ってたり
この静寂な日々が続きますように。
と、祈っているかもしれない。

でも、そういう人たちほど日常に感謝し、
常に謙虚な姿勢を忘れず、
他者の幸福を願っているように思う。

その結果、あらゆることが好転して
人生が正のスパイラルに入り続けている。

ところが今回タイトルにあるように、
幸せを願う人ほど不幸のどん底に陥るのは
根本的な理由があることがわかりつつある。

まず、本人の意識よりもっと奥深く、
仏教では阿頼耶識(あらやしき)と呼ばれる
無意識の領域があり、

そこに不幸の種が固着して
へばり付いてるのではないかと思う。

阿頼耶識とは、
過去のすべての結果があり、未来の原因となる「種子」が眠っているとされている。

なんらかの出来事によって
トラウマを抱え込んでしまうと、
起きる現象すべてに
ネガティブな解釈をしてしまう。

ネガティブな想念は根強く、
本人が思っている以上に
無意識の世界を支配している。

まるで他人に支配されているかのような
錯覚すら覚えるだろう。

人生のすべては自分が原因だと
思えるようにならない限り、
不幸だと思えることを次々に引き寄せる。

これらを断ち切るには
次の心構えが必要かと思われる。

・人生のすべては自分が原因
・過去も未来もない、あるのは今の連続
・今日一日を思い切り生き抜く
・人生における覚悟を定める
・逆境を好機と捉える

あまりたくさん書いてもあれなので、
これぐらいにしておこう。

活字にしてみると薄っぺらい
自己啓発論に聞こえてしまうけれど、
実践できる人は何かを掴めるはず。

あと、どうしても無理な場合は
人との出会いでこれらを
覆せるケースもあるがそれは稀。

手前味噌になってしまうけれど、

自分のところではコーチング以外に
専門的なカウンセリングもしているので
一人で悩まれる方は声をかけてくだされば
協力できることもあるのでどうぞ。

今月は急遽空きができたので、
1〜2名なら受付けできます。
笹崎武蔵

古神道や神社について、参拝した経験に基づき、マニアックな見解を述べていきます。神棚、しめ縄もすべて手作りで、神仏にまつわる体験やスピリチュアルな話もブログやYouTubeにて公開中。

実は本業「人生相談屋さん」です。(8年目)
今風にいうならコーチングをしています。

その他のこと。

ビジネス、起業コンサル、お金の稼ぎ方、生き方、遊び方なんかも得意分野でアドバイスしています。

健康に関することも仕事にしているので、ダイエット、痩せる方法、健康になる方法なども個別で教えてます。

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