永久保存版!!ミニマリズム信仰に洗脳されて人生を台なしにする人たち


こんにちは、武蔵です。

最近になって、昔書いた
ミニマリズムやミニマリストの
記事がよく読まれるので、

最新版にアップデートした
自分なりのミニマリズムについて
より本質に迫ろうと思います。



ミニマリズムの目的とは?



そもそもミニマリズムを
実践する目的ってなんだろう。

人によっては、


ミニマリズムの目的は「物を減らすことで迷いをなくし、大切なものに集中する」こと。


なんていうけど、

それって物が増えたぐらいで
迷いが生じる情けないボクちゃん(笑)
ってこと?

あるいは、

減らさないと見えてこない
大切なものって、


所詮、その程度のものって

ことでしょ?


裏を返せば、

物が多いと迷うってことは
それだけ物に執着心があって、

本来は物を買ったり集めるのが
好きなんじゃないのかな?


それを潜在的に否定して、

ミニマリストです!!って、
言ってることがチグハグだよね。

いいじゃん、ぼくは物が多い
買い物好きのミニマリストです!で。

ダメ?

なんか、いらんところにこだわって
重要なところが抜け落ちてるんだよね、
ミニマリズムが好きな人たちって。

ぼく自身もミニマリズム実践してるし、
あなたはミニマリストか?と聞かれれば
答えはYESだ。

ムダを削ぎ落として、

選択肢を絞り込んで、
大切なことに集中するってのには
概ね同意だけど、

べつにそれってミニマリズムじゃなくても
集中するときは集中するってのは
ごく当たり前のことなんじゃないかな。



肩書はただのファッション



ミニマリズムのぼくや私に
アイデンティティを持たせたい

ってことは心の本音をいうと、


何かにすがりながら生きて
それを軸にしたいってことだよね。


ミニマリストは何かに依存することなく、

シンプルでよりプリミティブであることが

美学だと思ってたけど違うのかな?


自信のなさの表れか、

言い訳のためなのか、


肩書きや看板がないと

生きる自信がないなら


それでもいいと思うけど

中身が空っぽなんだよな。

ブームに乗るのはけっこうだけど、

中途半端でどっちつかず、

物を減らすと言いながら、
お金を稼ぐことを最小限にし、


人生をあきらめてる

ようにも聞こえるし。



やらないための言い訳づくり



べつに、

稼がなきゃいけないってことはないが、
本当は欲しいのにあきらめてるものも
あるんじゃないの?って聞きたい。

欲があることを恥ずかしく
思う必要もないし、

現代人であればどんな人であれ
大なり小なり欲はあるでしょうに。

ぼく自身は物欲がホントになくて
困ってるぐらいだけど、

それでも飲み食いするのは好きだし、
読書や映画、高くても有料コンテンツには
幾ばくかのお金は使うから、

稼がなきゃそれらの楽しみもなくなるし、
守る存在も増えたので、支えるためにも
お金は沢山あって困ることはない。

だけど、

ミニマリズムをこよなく愛する
彼らを見てると、

本音をぼやかして情報発信してるなぁ
ってのが多々散見されるんだよね。



欲しいなら素直になればいい



つまり、

彼らの選択肢の絞り込みも集中も正論だし
共感できる部分もあるんだけど、

自分の本音をごまかすために
正当化してる部分もあるよねってこと。

物が欲しいっていう自分を恥だと思ったり、
金が欲しいっていう自分を恥だと思ったり、

それ隠して無理矢理ミニマリズムって
言われてもどこか違和感が拭えない。


ほんとは欲しいのに「それはムダだ」と

ごまかしてたりして、顔に出てるよ。



ムダを極限まで削ぎ落として、際立たせるところをさらに際立たせる


ってのも同感だが、
それは時と場合による。

選択肢を増やすことが
人生の幅を広げると思うし、

狭めるときってのは、
あらゆる情報を精査して

そこから自分にとっていま必要なものを
見つけ出して一点突破する場合において
必要だろう。

だけど、

情報の幅も
人生の幅も
選択の幅も

狭いヤツが「一点に集中だ」なんて
言ってもコピペしてるだけで、

何言ってたんだ?このバカは
と一蹴されて笑いもんにされるだけ。

何を言ってるかは大切なんだけど、

やっぱり誰が言ってるか?
ってのは大切で、

バックボーンによる影響が出るから
言葉の重みも変わるんだよね。

そりゃそうだよね、

経験のある人が同じこというのと、
なんか逃げまくってあきらめてるヤツが
同じセリフ吐いても響いてこないよ。



大切なものとか他人に指図するな



ミニマリストの彼らは、


・多くの人はムダがムダであると
気付いてないとか、

・大量のムダに時間やお金を投入して
「本当に大切なもの」がわかってない、

なんて聞くけど、


あんたこそ大切なものが何かなんて

即答できるのか?と。


大した人生経験も積んでなくて

どこぞのブロガーみたいに、


イヤなことから逃げ回って

大切なことを学ばずに、


「本当に大切なもの」とか

キレイゴトにしか聞こえてこない。


だいたい人生で何がムダかは、

前提条件次第で変わって

しまうわけだから、


人によって捉え方が違うのは

当たり前なわけで。



「本当に大切でないものに時間やお金を使い過ぎると、本当に大切なものにそれらを投入できなくなる」



なんてほざくバカもいるけど、

それって大切なものがないとダメ!
っていう前提の話で、

大切なものがなくちゃダメ!
なんてことはないでしょ?

大切なものがないとダメって
誰が決めたんだよ、あんただろ?
って話になる。

んなもん、ない人にとっては
大きなお世話なわけだ。

ぼくら、大切なものがある人は
それはを大切にすればいいし、

ない人にそれを強要する必要もないし、
強制させる筋合いもないんだよね。



二元論が大好きな日本人



日本人って好きだよね、
そういうの。

なんか絶対的なものや神様とか
宗教的なものとか、

何かを崇拝してそれを信じて生きて
いきたいみたいな、肩書もか。

で、

大切なものがない人は不幸で
大切なものある人は幸せです


みたいな二元論も大好きだよね。


どっちかを選ばせようとするのも
どうかと思うよ?

選択肢を絞り込むって、
そもそも選ぶものが大してないのに
絞るもクソもないだろって(笑)

人生をどこかで妥協して
あきらめてるから選択肢が狭いだけで、

それをカッコ付けて「選択」と「集中」って
言ってるけど、もはやファッションだよね。

モノが多いとストレス=不幸、
モノが少ないノンストレス=幸福、

とか、

ストレスがあるから不幸で
ストレスがない人は幸福とか、


あんたに決めれたくないよ、誰も。



幸福という病い



前提がいつもそうだけど、
幸福にならないといけないのか?


だから、それがおかしいじゃん。


そもそも幸福な人はそれに
ただ気付いてないだけで、

もう幸福かもしれないし、
気付いたらさらに幸せになるかもしれない。

はじまりがいつも不幸からスタートするのも
日本人は大好きだよね、御涙頂戴的な(笑)



哲学者のエリック・ホッファーが


「幸福を追求すること、これこそが不幸になる主な原因である」


という名言を残したように、

これなんかまさに、彼らミニマリストに
ピッタリだからこの言葉を贈りたい。

幸福にならなければならない、
という、脅迫観念にとらわれ、

他人が仕掛けた情報に欲望を喚起され、
内部表現を書き換えられてることにも
気が付かない若者の多さには呆れる。



ほんとにミニマリストになりたいのか?



とはいえ、

ぼくたち人間は答えのないものには
えらく不安を覚えるので、

・「すごい人」に惹かれる 
・「完全なるもの」に惹かれる
・「完全なるもの」を求める
・「ストーリー」を求める
(コンテクスト大好きバカ)

こういった特性を利用されて
世の中のあらゆるトラップにハマり
他人から利用される。


ミニマリストや

ミニマリズムも


商売用語になってるし、

もはやビジネスだよね。


そうとは知らず、


そうやってあたかも「これがいい」
みたいに言う人がいるけど、

それって自分の意見でもなければ
他人の人生で空回りしてないか?ってこと。

ミニマリズムを実践するのも
ミニマリストを盲信するのも

本人の自由だから構わないが、
言い訳しながら自己正当化するのは
ミニマリズムとは違うのでは?

ダメな自分や出来てない自分を
「ありのままでいい」とか肯定しても
出来てないんだからダメでしょ?

自分のことをクソだと思って
否定しまくるしかないんじゃないかな。

自分を一旦否定するってことは、
これまでの自分を否定するんだから、
過去を否定することになる。

だから、

未来やこれからどう生きるか?

にはなんら関係ないんだから、


自己否定=過去否定

それから自己肯定すれば
これからどうするか?新しい考えで
未来の自分を肯定できる。



人生変えたきゃまずは否定から



仮に、これからミニマリズムを

実践して


人生を良くしたいとか
いまより幸福になりたいとか
思う人がいるなら、

まずは否定から。

現状を肯定するのは
過去の延長になるから、

あきらめたものを肯定して
信じることになるだけ。

それじゃ現状は良くならないから
自分を一旦否定してクソだと認めれば、
目が覚めて、未来を変える欲が湧く。

ということは、

選択肢を増やして未来をどうするか
プランニングできるから、
人生にも選択にも幅を持たせられる。

選択肢があることが
選べる自由につながるし、 

選べるってことは、

より好きなものに出会って
それらを磨いていけるから
それこそ幸せだよね。

ムダを削ぎ落として、

大切なものをより大切にするのは
それからでもいいんじゃないかな。



いろんな視点を持つこと



選択肢がないところから、

無理矢理選んで「これが大切!」なんて
言っても自分を偽ることにつながるから

そういう人たちはもっと
フレキシブルに多様性を受け入れて、

マクロの視点と
ミクロの視点で

多角的に自分の置かれる
環境や自分の未来を見つめた方が
いいんじゃないかなって思う。

ぼく達はついつい、

出されたどちらかを選びがちだが、もう
二元論でものを見るような時代じゃない。

まずは知ることが大切だし、
知った上でどうするか?だと思う。

自分が常に無知であることを承知して
すべてのことは一旦否定し、

受け入れてもいいし、
受け入れなくてもいい。

ミニマリズムで物を減らして
選択肢を減らして時間を増やして
何を大切にし、何に集中するのか?

その結果どうなるのか?

そうなってその先どう暮らしたいのか?

けっきょくは、あなたがどう在りたいか?

に回帰する。

ミニマリズムは、
1つの哲学であり
生き方だから、

やはりそれは他人に
委ねるべきではないし、

自分で決める方が
懸命なのではないかと思う。

手段としてミニマリズムを
実践して、それで身軽になったのち
あなたが何を大切にして生きるか?

だから、

これは生き方の話であって、
ノウハウや何かのやり方を
教わる話ではない。

なので、

生き方ぐらいは他人に指図されず
あなた自身が、

自分で決めたらどうでしょうか?






BGM♪ / Vintage Reggae Café Vol. 3
笹崎武蔵

ライフコーチ。五感や直感といった、野生の「嗅覚」をベースにビジネスや理想の生き方をおしえている32歳。自分は直感型だなと思う人はブログを読んでみてください。

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