「自分だけの幸せ」なんてものはない


こんにちは、武蔵です。


タイトルにあるとおり「幸せ」に
ついて自分の考えをまとめる意味で
このテーマを選びました。

最初に断っておくと、

ぼく自身は、

「幸せ」だとか
「幸福感」というものに

そこまでこだわりが
あるわけではありません。

ましてや

「幸せにならねばならない」

なんて思ってませんし、

「幸せにならなければならない」

とも思っていません。



幸福感と優越感は全然違う



自己中心的な「自分だけの幸せ」

なんてものはゴールにならないんです。


だって、

「自分だけが幸せ」なんていうのは
抽象度としてはかなり低い位置にあり、
猿やゴリラのIQと同レベルだから。

「自分だけの幸せ」という概念は
自分のなかで快感を味わうことになるので
マスターベーションしてるだけなんです。



その快感というものは、

「みんなからチヤホヤされる」
「〇〇を手に入れたこんな私を見て」
「〇〇になったこんな私は凄いでしょ」

といった具合に、

全部自分のなかで自己完結して


低い抽象度のなかで「優越感」に
浸ってるだけなんですね。

これを、

「幸福感」と
「優越感」の

違いをわからず混ぜてごっちゃに
してる人の多さに驚きます。

いいですか?

まず、みんなからチヤホヤされる
なんていうのはただの


優越感であり、

幸福感ではないんですね。

優越感に浸ることで幸せを
感じるという人がいるとしたら、

それはかなり抽象度が低くて
「幸せ」というものが何かを
認識できていないんですね。



矛盾した言葉の組み合わせ



自分で言っておいて
なんですが、

「自分だけの幸せ」

というのは、

矛盾した言葉の組み合わせなんですよ。


わかります?

たとえば、

「美味しいものを食べた」
「身体を動かして気持ち良い」

ということで幸せを感じる人が
いたとして、

これは脳でいうなら、

大脳辺縁系の扁桃体の
情報処理にあたります。

つまり、

これは古い脳しか使えていない
ということなりますから、

猿やゴリラと変わらない
ということになります。

いいですか?


考えてみてください、

この自分が幸せを感じるという
行為のなかに他人が加わることで
どれだけ幸福感が増すのかを。


先ほどお伝えした、

「美味しいものを食べた」
「身体を動かして気持ち良い」

というものが、



「親友と一緒に美味しいものを食べた」
「恋人と一緒に美味しいものを食べた」
「家族と一緒に美味しいものを食べた」

「子供と一緒に身体を動かして気持ち良い」
「恋人と一緒に身体を動かして気持ち良い」
「仲間と一緒に身体を動かして気持ち良い」


はい、一目瞭然だと思いますが、


自分以外の人も一緒に幸せになったり
一緒に楽しむことが人間の幸せであり、

これこそが本当の意味での幸福感
なんじゃないかなと思うんですね。



自分以外の人を含むからこそ幸福感が増す



先ほどお伝えしたように、

優越感と幸福感は違うと言いましたが、
優越感では快感を得るのは自分だけだから

その気持ち良さのなかに
自分以外の人が含まれていないんです。

「自分だけの幸せ」

という言葉の組み合わせが
矛盾しているという話もしましたが、

人間の幸せとは、

必ずそこに自分以外の
人が含まれているもので、

だから、

「自分だけの幸せ」

なんてものは
あり得ないんですよ。


だって、


自分がああなりました、

自分がこうなりました、

自分がそうなりました、

だから自分は幸せです。


と言われたところで、


「ああ、そうなんだ」

「だからなに?」


で終わりじゃないですか。


これはぼくの考えですが
人間の幸せとは、

「大切な人やそのまわりの人が幸せ」

だからこそ自分も幸せを感じる

ものなんだと認識しています。


「いや、そんなのあり得ない」
「そんなのはキレイゴトだよ」

こういうこと言うヤツはダメに
なればいいんですよ。

人の幸せを願えない、想えない
慈悲深い愛情がないわけでしょ?

だったら自分がダメになりゃいいんすよ。


自分が、自分が、自分がーーー

って、自分のことが好きなヤツって

だいたい病んでるじゃん。


自分のことしか考えてない自己チューは

自分にとらわれ、自我にとらわれる、

だから煩悩から抜け出せないんですよ。


いいですか?


べつに、人に幸せになってほしい

なんて押し付けるものではないし、


それは心からそっと願うもので、
押し付けではなく想いですから。



幸せの始まりは「こうなったらいいな」



想いって何かっていうと、

それは「愛」ですよ。


わかりますか?

ああしろ、こうしろ
という話ではなく

「こうなったらいいな♪」

という自分の理想や願いや想いのなかに
他人が含まれているだけのことです。

それが自分にとっての幸せなので、
それを他人に強要するつもりもありませんし
押し付けるつもりもありません。

他人を幸せにするという行為には
必ず献心をともないます。

自分が他人のためならなんらかの
役割を引き受け、なんらかの働きかけを
しないといけないんですね。

自分が何もせず、他人が勝手に幸せになる
なんてことはあり得ませんので。

たとえば、

自分が料理をつくって食べるより、
誰かに食べてもらって「美味しい!」と
喜んでもらった方がぼくは嬉しいです。

ここには少なからず、

自分の時間と労力を割いて
他人のために料理を作ってるわけですから
これもいわば、小さな献身です。

でも、ぼくはこれに対して
幸福感を覚えるわけですから、

これは自己犠牲でも
なんでもないんですね、

その行為のプロセスから終わりまで
すべてが幸福なわけですから。



無償の愛は自己犠牲ではなく幸せなんです



だから、ぼくもそうですし
この考えに共感する方々はおそらく、

これ自体が献身とも思わないでしょうし、
自己犠牲だなんて感じてないはずなんです。

それをしてるときは、


自我の心が解放されて

まさに心が自由な状態ですから

幸せなんですよ。


わかりますか?


これを自己犠牲と感じるのは、


あなたの余裕のなさ、

被害者意識の強さから

くるものです。


もう少し自分の心を大切にして

自分を満たしてあげてください。


なぜこんなことを話すのか?
というとですね、

オオカミは自分の家族でもない
オオカミのためにエサを獲ってきて
食べさせることはしません。

従って、

自分を犠牲にしても
幸せを感じる能力があるのは
人間だけなんですね。

ただ、くどいようですが先ほども
お伝えしたとおり、それをしてる人は
自己犠牲や献身だなんて思っていません。

言葉の便宜上そう説明したまでです。

やりたくてやってるし、
なりたくてなってるし、

これは義務ではなく
完全にwant toですからね。

わかりますか?



人間にしかない脳機能を使う方法



人間の脳には他人のためになるのなら
そこに幸福を感じる特殊な機能が
備わってるわけですよ。

脳の部位でいうなら、
前頭前野眼窩内側部
呼ばれる場所です。

人が生き生きとボランティア活動を
してるときなんかはまさにこの部位の
活性度があがってるときなんですね。



余談になりますが、

オウム真理教がやった洗脳手法に、
この部位を悪用して逆手に取ることで

教祖のための自己犠牲に幸福を
感じるように信者を洗脳したわけですよ。


(巷でこれをやってるサイコパスもいます)


こんな悪用の仕方はご法度であり、
もってのほかですが、

前頭前野眼窩内側部という
脳をどう使うのか?

正しい使い方としては、

抽象度をより高くし、
多くの人のためになれる
ゴールを設定することで

そのゴールに向かう過程で
前頭前野眼窩内側部を

発火させていくことです。


ここにプライミングが働くことで

身体が勝手に動くんです。


巷ではこれを努力、やる気、根性、

モチベーションなどと呼んでいますが

そんなものはありません。


努力、やる気、根性、

モチベーションといのは、


偽の自己啓発プログラムで

奴隷を量産する方法であり、


多くの成功本や自己啓発本に書いてある

やりたくないことを無理矢理やらせる方法

でしかありません。



話がそれたのでもどしますね、


ゴールを設定することで

前頭前野眼窩内側部を発火させて

献身や自己犠牲に幸せを感じる、


という能力を意図的に使うことで

人生が前向きになりうまくいくんです。


これが他の動物になく、
人間にしかない能力なんです。

使わない手はないですし
能力が備わっている以上、
使わない方が不自然です。

ぼくが猿やゴリラのIQと
同レベルではダメだ!!

と言ってる意味が伝わりましたか?

そういう話です。

ここまでの情報を知った上で
自分だけか、自分も他人も幸せに
なるのがいいのか?

を考えると、

本当の意味で「自分だけの幸せ」を
感じられる大きなゴールが見つかるかも
しれませんよね。

ぜひ、「自分だけの幸せ」に他人が
入り込む余地をつくってみてください。

キレイゴトではなく、
人を見る目も世界も変わりますから。

今回は意図があって「幸福感」について
お伝えしましたが、今後はしばらく幸せに
ついて話すつもりはありません。

また、

これがぼくの考えであり、
幸せにこだわりがないという
本当の意味です。

すでに幸せを感じている人間が

幸せになろうとすればそれは、


たちまち不幸の始まり
でしかないからです。

なってるいるのに

なろうとするのは


愚かであり、

自己矛盾でしょう。


それぞれが自分のゴールを持って
そこに向かえばそのすべてが
幸せの始まりです。


BGM♪ / Eminem / The Monster ft. Rihanna
笹崎武蔵

ライフコーチ。五感や直感といった、野生の「嗅覚」をベースにビジネスや理想の生き方をおしえている32歳。自分は直感型だなと思う人はブログを読んでみてください。

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